2009年3月11日 (水)

旅準備

  Nec_0026_2 そろそろ旅準備をと思いながらなかなか動いていない。

とりあえずデリーに深夜に着くので一泊目の宿と、パタンコットまでの翌日の寝台列車を予約する。

去年はインドの旅行代理店で列車チケットをとってもらったんだけど、今回はIndian Railwaysのホームページで時刻表検索していくとなんとか予約できた。

エアチケットも海外の列車もすべてネットでE-チケットでいけるなんてすごい時代だなあ。旅行代理店がはやらなくなるわけだ。

びわの葉をつけた焼酎の液をコットンガーゼにしみこませて、消毒おてふき作り。土壌回帰性のトイレットペーパーやポカリの粉末を買いにいったり、なんやかやとやることが多い。

いつも直前にばたばたするんだけど、まあとりあえずパスポートとビザがあれば・・・

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2009年3月 6日 (金)

旅に

Nec_0028人が一生のうちにインドとつながる機会があるかないかは、その人がインドという地に呼ばれるかどうかで決まるらしい。

インドとつながれるかどうかも過去のカルマのだと。

今年もインドに行くことになった。
去年はガンガーに魅かれ、ガンガー沿いを出来るだけ最初の一滴までさかのぼってみた。
ヴェーダから仏教へのつながりを学んでいるとかならずチベットという文化圏に行きつき、今年は手にするものがなんでもそちらの方向をさしているようなので、ヒマラヤの麓のダラムサラに行くことにした。

ダラムサラはダライラマ法王の亡命政府のあるところ。
この3月10日で法王がヒマラヤを越えてチベット自治区のラサから亡命されて50周年になる。昨年の、中国政府によるチベットの人々への抑圧は記憶に新しい。
たくさんの民間人や僧を投獄し、ダライラマ法王を信奉する人々を中国政府への暴徒とおさえつけ、信仰の自由まで奪い続けているのだ。
たくさんの人々がなくなった昨年の3月のチベット蜂起から一年、今年は喪に服するために毎年3月にあるダライラマ法王のダラムサラでのテーチィングはキャンセルされたそうだ。

チベット自治区のラサは数日前から中国政府が外国人の立ち入りを禁止して完全にコントロールしているようだ。
こんなにして故郷の地を奪われ、いまだに抑圧されているチベットの人々を思想的に守りながらも「中国の人をうらんではいけないね」と法王は話す。政府のやり方には反対だが人々までうらんではいけないと。

自分で触れにいってきます。
ヴェーダに端を発したチベット医学にもとても興味がある。
3月なかばに出発します。みなさんにまたいろんなことがご報告できるのが楽しみです。

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2009年2月26日 (木)

ユトク伝 チベット医学の教えと伝説

Nec_0785古本屋で新古で購入した本。
8-9世紀に生きたチベット医学の祖、第二の薬師仏と称されるユトクのエピソードの編纂である。

医は仁術。
人を救うものは医療技術や薬草学や解剖学だけではなく、もっとも基本で必須となるのが仏のさとり。
なぜ医の教えの門に入ったのか、衆生の病んだ人々への慈悲の心からではなく自らの身のためにと考えているようなもののそばには、薬師仏は現れない。

ヴェーダの智慧を拾遺し、雪の国ヒマラヤに持ち帰ってその土地独特の薬草や鉱物そして瞑想など、身体と心と精神性のすべての病を癒すべくいまも伝承の続くチベット医学。
医者がなぜ宗教者であり僧でなければならないのかがわかってきた。

先日から報道されているレーシック手術の病院院長にも読ませてあげたい本だ。

人にわからないように悪いことをしたり、あくどく儲けたり、嘘をついたりしても、結局それは自分に還ってくるのだ。
悪いカルマとして。
今自分の身に起こっていることは全部自分が今までにやったことのカルマなのだ。
みんながそれをわかっていれば、こんな末世にも少し救いがある気がするのだが。

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2008年10月22日 (水)

旅のはなし

Nec_0174 Kちゃんからヨガ合宿の報告を受ける。

ヨーガを始めてまだ2年目だけど、もうヨーガなしでの生活は考えられないんですという彼女は好奇心をもって歩き始めたばかり。

いろいろな人に自分が気持ちいいことを伝えたいと指導者になる勉強を少しずつはじめた。

資格やいろいろなルールで変な世界を作り出している日本のヨーガ業界を離れて、いろいろな国を見てくるのもいい広がりになるのでは。

話はどんどん広がって、インド旅やニュージーランドへのワーキングホリディ計画、大自然のなかでのヨーガの話になる。楽しい話になるととまらない。

会社員を辞めてふらりと旅にでた選択は私にとっては大きな世界への広がりにつながった。だけどそれが誰にとっても最高の選択肢になるかどうかはその人次第ではあるしなあ。でもまあ経験がたくさんあると人生はカラフルにはなるとは思う。

人々との出会いも、起こる出来事もなんだか大きなみえない力が働いているから、カルマヨーガの考え方のように「今できることに全力をつくしてあとは大いなる力にあけわたす」というのがいいね。

心をやすませて自分のなかで音のするほうをたよりに歩いていってほしいと思う。若い芽はまだひよわだけど可能性を秘めていて元気だ。

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2008年10月 5日 (日)

海と山

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静かな波音と雨の音で目が覚める。

旅館には私を含めて3組しか泊まっておらず、みんな気配を感じさせないくらいに静かだ。

ここは横溝正史の獄門島の舞台になった島。雨のせいか漁師町にも人が見当たらない。たしかにここは孤絶したところだなあと思う。人の多い夏場ではなくてこの時期に来てよかった。耳のなかに入り込んでくるような静けさや、孤絶感がいい。

ゆっくり朝食を食べ、港までの道のりを歩き、また笠岡までの船に乗る。

忙しくたくさんの音に満ち溢れた街での生活からきりはなされた週末だった。

時間があるので地図を開き、思い切ってがんがん北上して鳥取の大山に向かう。雨なのでトレッキングはできないが、オープンしてしばらくたつモンベルの大山店のスタッフに差し入れがてらお店見学に行こうと思いたったのだ。笠岡から3時間強で大山に。

大山は雨でもう気温は10℃くらい。一気に冬に飛び込んだ感じだ。Nec_0310_2 雨なのにお店は大盛況で次々と登山客が入ってくる。こんな登山口にある店なのに。あまりに人が多いので差し入れを渡すタイミングがつかめず、お隣のそば屋でとろろそばをたべ、もどってからなんとなくロープをくぐって二階に登ってみるとそこはまだオープンしてないモンベルサロンだったのでふーんという感じで見渡した。すると、ビーっと変な音が。音がやまないので店におりて散策しているとなんとセコムさんがかけつけて、「二階に侵入者情報が!」ですって。

申し訳ありません、わたしです。いやーびっくりしました、というか本当にすみません。

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2008年10月 4日 (土)

真鍋島

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Nec_0300 しばらく忙しい日々が続いたので、旅にでて充電しなければ。静かな島でゆっくりしようと瀬戸内海の小島の真鍋島に向かうことにする。

岡山の笠岡からアイランドホッピングの船に乗り、いくつかの小島でストップしたのち、終点の真鍋島に到着する。

時が止まったような穏やかな島。古い土塀や港、そこかしこにいる猫。昭和の時代そのまま。時間が止まっているようなぼんやりした錯覚にとらわれる。

島は季節が一ヶ月ほどゆっくり進んでおり、まだたくさんのゴーヤが実り、せみの声(10月なのに!)がするのだ。

三虎旅館という素敵な名前の古い建物に泊まることにする。親子三代寅年生まれらしい。旅館の前は広いビーチでおだやかな瀬戸内海の波がさらさらと打ち寄せる。高知のどどーんという波とは全然違うのだ。

夕食は島の漁師さんが獲った新鮮な瀬戸内の魚。刺身や酢の物、煮付けやめばるの唐揚げなど魚料理がとまらない。渡り蟹の塩茹でなども出た。もうこれ以上食べたら涙が出るというところまでいただいて大変満足して、重いお腹をかかえて海辺を歩く。ここの浜は夜光虫で有名なのだ。

私の部屋は海に面しているので、一晩中波がうちよせる渚の音がする。なんで水音というのは眠気を誘うんだろうと思いながら一瞬で眠りにおちた。

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2008年7月13日 (日)

釣り

Nec_0166 Nec_0165 早朝5時から釣り。

日の出ていないうちは海からの風で肌寒いくらいである。遠くに鳴門海峡がかすんでみえる。私は小あじ釣り。コマセをまくとたくさん魚が寄ってくるのがみえるのに、なかなか針にはかからない。賢いなあ。かかったと思ったらオコゼの子供だし。(毒があるからはずしにくい)

それでもまあ5人で釣ればけっこうな数のあじと、アブラメや大きな鰈が釣れた。

隣で釣っていた徳島の人は、とても大きなチヌを釣りあげていた。うれしそうである。そうしている間にもどんどん釣り師がやってくる。釣り人口って多いんだなあ。

あじはから揚げと南蛮漬けに、鰈は大きくてなべに入らないので切ってから煮つけにした。こんな風にその日に食べるものをその日に採れるといいなあ。

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2008年7月12日 (土)

犬連れ

Img_4141 Img_4151 Nec_0161 父の古希の誕生祝いをかねて、実家の両親と弟、私と主人の5人プラス実家の犬を連れて淡路島に旅行にいく。

一歳半のうちの犬は今回は初ペット同伴の宿にお泊りである。初めてのお泊り外出であるが、特に車酔いもなく宿でものびのびくつろいでいる。

小さなホテルだが犬連れのご家族でホテルは満室。広いドッグランもあり、宿主のハッピーくん(写真の白い犬)は食事の際も各テーブルをゆっくり歩いて挨拶、その後威風堂々と自分のお席に座ってテーブルで食事をしていてビックリ。もしかしてハッピーがホテルのオーナーなのではと思ってしまう。こういうホテルがあるんだなあ。

食事は瀬戸内の鯛づくし、ハモづくしから選べる。鯛づくしでは、洗いと刺身につづいて甲煮に宝楽焼きと身のしまった鯛が次々と並べられた。やはり淡路島は瀬戸内の新鮮な魚がおいしい。

全館リードなしでも犬を歩かせてもよいというかなり理解のあるホテルである。ペット連れだけど食事もこだわりたいという方はぜひプチホテル山へ。http://www.shopmc.com/yama/

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2008年5月10日 (土)

不思議な縁

Img_3233 Img_3304  家に唯一ある電子器具のCDプレイヤーで、お母さんコレクションのCDを聴いていると(数枚しかないが)、あれっと思うものがあった。わたしが昔から大切にしていた、地球の上にいきるという本を書いたアリシア・ベイ・ローレルがジャケットを描いているCDがある。よく見ると歌もアリシアが歌っている。素朴なやさしい歌に空気が和むような感じがした。

お母さんに「私、この人の本すきなんよ。この人歌もうたうって知らなかったな。」っていうと、お母さんがものすごい笑顔になって「こっちに来て来て!」と彼女の部屋に手を引っ張られて入る。あれ?アリシアの描いた絵がいっぱい!部屋中に!

「私と彼女は本土で一緒に住んでいたの。今も彼女は本土とハワイ島を行き来しているけどここにも来るのよ」と。えーびっくり。でもそういえばアリシアも徹底してヒッピー生活を続けてコミューンを作った人だしなあ。まああり得るよなあ。でもこんなとこでつながっているとは。そして「アリシアはもうすぐ日本に行くって言っていたからチャンスがあったら会えるかもよ」と。

不思議な縁の余韻はまだ続いていて、ハワイ島から日本に帰りロミロミの先生のMさんに島の報告をしていると、「プレゼントがあるの」といって渡してもらったのが島で毎日聞いていたアリシアのCDだった。「あるお店に入ったらこのCDがかかっていて、なんだか涙がでてきて」購入してくれたのだそう。えーびっくり。なんかアリシアが呼んでくれているんかな。

そしてしばらくしてMさんが「アリシアが大阪で小さなライブイベントやりますよ」と。それではぜひとライブに行ったら、思ったより小柄なアリシアに会えた。

こんなことがあったんだよ、とハワイ島からの由来をアリシアに話すと「うわあ面白い!でもハワイってそんなことが起こるところなのよ」だって。小柄な彼女の体から力強くてやさしい歌が流れ出し、あっという間にライブは終わった。そこで伴奏のシタールというインドの楽器に始めて出会う。魂がもっていかれそうな音だった。そしてわたしの魂はこんどはインドに引っ張っていかれた。

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不思議な家

Img_3197_2 Img_3204 昨年ハワイ島に渡ったときのこと。一週間ヴァケーションハウスを借りることにした。ネットで調べていろいろ迷ったが、お天気がつねによいコースト添いではなく、毎日雨が降るプナという森のなかの家を選んだ。家の中は仕切ってあって、大家のおかあさんも二匹の犬とそこに住んでいる。

「はじめましてー」と訪れると二匹の犬と、ヒッピー上がりのアメリカ本土から移住したお母さん、チベットのタンカやシバ神の置物、ヒーリングストーンなど面白いものに迎えられる。テレビがないのはいいんだけど、びっくりすることに窓ガラスなし。全部細かい網が張ってあるのだ。「森のエネルギーがいっぱいもらえるわよ」とお母さん。

まあ屋根つきキャンプみたいなもんか。バシャバシャ降るスコールのような雨で部屋のなかにも霧がたちこめている。洗濯物乾きません。まあ気温は高いからけっこう濡れたまま着て着干しして乾かしていた。でも夜は蛙やトッケーの大合唱で、ものすごい夜の森の気配。音の洪水で眠れないかと思っていたが、森の気配のなかで熟睡の日々だった。

シャワーはないんだけど、家の中に風呂桶というかジャグジーのようなものがある。「ジャグジーでのんびりしながら森が眺められるわよ」とお母さん。たしかに至福のときでした。家の中の湿度は500%を超えていたと思うけど。

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