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2014年4月 5日 (土)

インド編 ⑨ yogas citta vritti nirodah

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今回のインドで、カイヴァリヤダーマのフィロソフィー デパートメントのサハイ先生に伺ったお話が非常に興味深かった。

フィロソフィー部門では、古典文献の出処はどこなのか、写本などから徹底的に調べ、信頼出来る古典文献を見つけること、そして、ヨーガにおける正しいコンセプトを理解すること、を大きな二つの目的としている。

全てのヨーガに関する古典文献には、心のコントロールについて書かれている。

つまり、アーサナはヨーガの準備でしかなく、そこで終わったらヨーガではない、と、サハイ先生はズバリ断言されていた。


『呼吸と、心の集中、心身の安定』

ヨーガの実践で行うことは、実は日常生活でもしばしば起こっている。
例えば、針に糸を通すとき、呼吸はとまり、集中し、身体を安定させ、他からの不要な情報をストップしている。 まさにこれが、ヨーガ、の目指す状態である。

偶然それが起こるか、わざわざ行うか、がヨーガのプラクティスとの違いというわけだ。


サハイ先生のお話はわかりやすく、大変興味深かった。

長くヨーガを実践されている先生方に今回たくさんお会いしたが、みんな一様に呼吸が深く長く、地に足がついた安定感があった。





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