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2013年12月23日 (月)

ジャーナリズムとは

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今年、久高オデッセィという映画を自主上映させていただくときに、やりとりしてお世話になった助監督の比嘉真人さん

彼が国からスラップ訴訟を受けていたという記事が今週の週刊金曜日に掲載されていた。

沖縄・高江の米軍ヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)の工事強行と、現地住民の反対行動を撮影して発信している。

その住民や比嘉さんに対して、国がスラップ訴訟を申し立てたのある。

みなさんはスラップ訴訟をご存じだろうか。

国や経済的に力のある団体が、抵抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。

被告となった一個人は法廷準備費用や時間的拘束で、仮に原告が敗訴しても、主目的となる嫌がらせは達成されるという、大変いやらしい卑怯なやり方である。

山口のカヤッカーの友人も、上関の原発問題で、中部電力や国から何重にもスラップ訴訟を受けている。

実際に目の前でおこっていることを、伝えるべく発信している比嘉さんたちを国という顔の見えない大きな組織が訴える。

表現の自由とは。

ジャーナリズムとは。

大手のメディアが都合のいいことしか報道をしてくれないこんな時代に、彼らこそがジャーナリストではないのか?

比嘉さんに、記事を読みました・・・と、応援のメールを書いたところ、次のようなお返事が。

「久高オデッセィも来年いよいよ午年本番(12年に一度、午年に行われるイザイホーという祭りを撮影し続けている)、12年の撮影最後の年になります。

まさしく新しい風の息吹を発信できたらと思います」と。

新しい風が吹くことを、わたしも心待ちにしている。

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