ラムラム王


先日八ヶ岳に行った際、初日はお天気が悪かったので、以前から行きたかった岡谷市のイルフ童画館へ。
私が好きなモーリス・センダックの常設展示があり、原画もあるから楽しみにしていたのだが、もちろんこれもとってもよかったんだけど、同じく常設展示の武井武雄さんの世界に触れて感動。
ストーリーも、絵も大正時代に描かれたとは思えない前衛的なナンセンスに満ち溢れていて素晴らしい。
なかでも、私のお気に入りが「ラムラム王(王さまではなくて王までが名前)」。
本当の"生まれがい"を探して、いろいろなものに変身しながら(変身の特技あり)ラムラム王はふらっと旅にでるのだが、どうもイカレタ感じが面白い。
淡々としたストーリー展開のなかで、私が好きだった部分。
ラムラム王はある秋の日に丘へおりて、一頭の羊になりました。
獣の世界には強いものと弱いものとはありましたが、王様もなければ家来も兵隊もありませんでした。
その代わり神様がいつも一緒にこの獣たちと遊んでおいでになりました。
人間の眼にはとてもこの神様のお姿は偉過ぎて見ることができないので、いろいろの命だとか、お釈迦様だとか、エス様だとか、そういう人たちのお姿を透して拝んでいるのに、獣たちは本当にのんきに神様になついて遊んでいました。
なるほど、獣の中には一匹だって心配そうな顔をしたのがいないのは神様と始終一緒にいるからだな、と思いました。
私はタイでテーラワーダの方とお話しすることがあって、その方に
「人間に生まれかわらないと、徳をつめないから、ニルヴァーナ(涅槃)に近づけないのですよ」といわれ、「いいえ、でも私はどの命も等しく尊いと思っていて、たとえ鳥に生まれ変わろうと、犬に生まれ変わろうと同じように大切に命をいきて過ごしていると思うのです。」といった。
「それではあなたは次回は鳥に生まれてもいいとおもうのですか?」
「はい、もちろんです」
「それではなかなか仏に近づけませんね」
「・・・」
わたしは、ラムラム王のお話の抜粋のように
獣たちのほうが仏に近いのではないかと思うんだけど、どうなんだろう。
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