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2010年11月11日 (木)

カイヴァリヤダーマ滞在記 Omkar

Pb100107 Pb120139 Pb110137今回のインドはまさにこれにつきるといえるぐらい、私のなかにセンセーションが吹きぬけたのはOmkarである。

夕方の実践のクラス、スケジュール表に「Omkar」とだけ書いてあり、なんのクラスだろうと思っていた。
ターバンを巻いたシーク教の先生が静かに座りしばらく瞑想。
その後先生の講義が始まるが、聞き取りにくいインド英語のなかでも最難といえるくらい(最初ヒンドゥでしゃべっていると思っていた)わからない。

ぽかーんとしていると、「聴きなさい」という風に先生が指をたて、「O-m-」ととても澄んだ声でOmkarが始まった。
自分もずいぶん唱えてきたけど、こんなOmは初めてである。
大きくはない音、だけど空間を経て私の細胞までびりびりと染み渡る音。
なにかとても遠い記憶が湧き上がる。
頭ではなく、わたしの遺伝子や血が覚えているようだ。

先生と一緒にOmを唱えるがこれが難しい。
「出せる限り低い音域で」とか「もっと均一に力を抜いてただただ音を味わって」とか、均一に唱えているつもりでも、「広がりすぎ」「上がりすぎ」など注意を受ける。
みんなで数十回唱えたあとだったか、たくさんの人の音がすべてうねりのように混ざり合いとても素晴らしいひとつの音になった瞬間があった。
「そう、これだ」と先生が言う。

クラスのあと中庭で空を見ていたとき、どこからかずーっとOmの音が聞こえる。
とてもはっきりした深い深い音。
空からなのか、庭からなのか、私の中で鳴っているのかわからない。
マナミちゃんに、「なんか今ずーっとOmが聞こえてる。庭からなのかな」というと、彼女も全く同じようにその音の響きを感じ取っていた。
「うん、聞こえる、とても低い気持ちのいい音で響いてる」と。

先生に、しばらくしてその音は静かに消えていったけど、Omがわたしの中で響いていたのですと告げると、「それはとても素晴らしいことだ。大地がいつも奏でている創世音に共鳴したんだね」と。
「そのセンセーションを忘れないようにしなさい。その音はいつもあなたとともにあるから。」

翌朝から、夜明け前に屋上にあがり誰もいない澄んだ空間で、昇りくる太陽を眺めながらOmkarの時間をもった。
アサナよりプラナヤマよりこのOmkarはわたしの中のなにかを起こしたようだ。
懐かしいというより、知っていたけれど忘れていた感覚か。

このブログを始めるとき、ふと思いついてつけた「PRANAVA」とい名前。
カイヴァリヤダーマのテキストをぱらぱらと読んでいて、どきっとした。
Omkar = PRANAVAと書いてある。
「至高の祈り、その祈りを行うもの」

わたしのなかのOmkarを掘り起こすための旅だったのか。

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