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2010年3月 3日 (水)

ともにあるということ

Nec_0028先日のエコカフェでのみなさんの質問のなかにこういうものがあった。

「身体が固く、股関節の動きも悪いのですが週に何回くらいヨーガスタジオに通えばいいですか?」

月に一回しかスタジオにいけなくても、毎日通う人も心がけ次第というか、いかに意識してヨーガとともにあるかで変わってくるとわたしは思っている。

教わるチャンスは少なくても、それをきちんと味わい、自分の生活に取り入れて、ともにあるならばそれはその人のなかで血となり肉となっていくだろう。
少なくとも柔軟性というのは、何歳になっても始めたその日から身体はかわっていく。

なんでもそうだけど、スクールやワークショップで教わるのはきっかけであって、それを深め自分のものにしていくのはいかにそのものとともにあるか、なのだ。
100回教わるより自分で考えながら1回の練習を。

クライミングやカヤックをお伝えしていたときにいつも感じていたけれど、世にはスクール好きの人たちがいて、何度もスクールをリピートする。
ノウハウは教わったんだからもう自力で山や川に行ったら?と言っても、一人でいかない。
安全に講師が守っている環境で楽しむのではなくて、自力で安全確認しながら遊ぶことはその人の域値をぐっと広げるし、なによりも何百倍も楽しいんだけど。

スタジオに通う時間が持てなくても、プラナヤマ(呼吸法)は出来る。
今もみんなは呼吸を続けているのだから、それを意識するかしないかなのだ。
都会の公園でも、電車のなかでも、お布団のなかでもどこでも実践できる。
ヨーガは綺麗なヨガウェアを着てスタジオに通いアサナをすること(メディアの作り上げた映像だ)だけじゃない。

人の靴をそろえてあげること、心のありどころこそ大事。
いつもヨーガがともにある、そうできればいいなと私も思っている。

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