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2009年12月10日 (木)

ドルポ

Nec_1677 Nec_1678 Nec_1679 チャクラで行われた「河口慧海の道を探る テンジン・ヌルブと語る夕べ」。

お昼の部は1958年の西北ネパール学術探検隊記録映画の「秘境ヒマラヤ」から。
これはずいぶん古い記録映画だが、当時の遠征の様子や村の様子もよくわかる。

大谷映芳さんの短くまとめられた「ドルポ」の10年前の映像はコンパクトにまとめられているが、とてもすばらしい。
そして、お金をかけた僻地への遠征という発表で終わらせることなく、こうやって現地のゴンパのチベット密教ニンマ派の僧であるテンジン・ヌルブ氏との縁をつむいだり、現地に学校をたてたり。

実は私はここのところ流行っている、日本人がお金をかけて貧しい地域に学校をたてて・・・という、ただ箱だけを作るというドネーションのあり方がしっくりこなくて、好きではなかった。
質問のコーナーで、いくつかくだらない質問が飛び交う中思い切って聞いてみた。

重い質問なので、すぐには答えにくいかもしれないけれどと前置きして、
「これほど奥深い宗教や文化をもつチベットは、目には見えない中国のひいた国境というおかしな線でその文化圏は分断されている。
ダライラマ法王のインドへの亡命にともなって、たくさんのチベット人がイノチをかけてヒマラヤを超え、いつかチベットという国に帰れるのを待ち望んでいる。

今はネパールという国に所属するこのドルポというチベット文化の色濃く残る地域も、中国が国境線近くまでどんどん道をつくり開発の手をのばしたので、ネパール製品よりも中国製品のごみが近年あふれだしたという。

インドやまわりの国々へ別れて住むことを余儀なくされたチベット難民が、その文化圏に再び戻るためには、他国のわたしたちはどんな協力が出来るのか知りたい。
こういう情報発信やドネーション(でもただ貧しい人に配るというだけではなく前にすすんでいくための)のあり方、またそのほかの協力の仕方はどうやっていくのがいいのか、ドルポの僧の方に聞きたい」と。

司会者には「この人はネパール人だから」とよくわからないおかしなかわされ方をして、ヌルブさんに通訳してもらえなかったのだが。(こういう質問はタブーなのか?でもこういうことこそ現地の人や現地に行った人に聞きたいじゃないか)

イベントの最後に大谷映芳さんが「質問をされた方がいらっしゃいましたが・・・」と、今のドルポの様子やその起源も含めてわかりやすく話しをしてくれて、自分はこういう形で情報発信して、チベット文化を継承していくための学校という場をつくることで協力していくことが、遠回りでも協力だと思っているときちんと答えてくれた。
なるほどと思う。
大谷さんが自分で歩いてその地で感じたこと、伝えようとしていることもよくわかった。

やはり自分の足で行ってみなければだめだな。
遠征隊みたいにたくさんのポーターをやとうお金もないし、数ヶ月も山に入る時間もなかなか今はないけど、やっぱり自分で見に行って自分で感じたことを発信していくしかない。
いつか自分の足でここへ。

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コメント

久しぶりにお会いできたのに
ゆっくりお話もできなくて残念でした。
映像も絵画も素晴らしくて感動しました。

ミーティング、あまり実りのあるものでなくて、残念でしたね。
でも大谷映芳氏の映像やお話は私も初日に伺いましたが、素晴らしい仕事をなさってきた方ならではの含蓄のあるお話でした。

投稿: みちよ | 2009年12月11日 (金) 21時15分

懐かしい面々とも再会できて、同じ方向を向いている人とはどこかでつながるなあとイベントのたびに思います。

やはりチベット文化圏は奥深くますます行ってみたくなりました。

投稿: MARI | 2009年12月12日 (土) 07時02分

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