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2009年12月 3日 (木)

おもいならう

Nec_0116最近読んでいる密教の本のなかによう出てくる言葉が「おもいならう」。

出家したり、とにかく修行三昧の日々をおくるわけではなくても日常の生活のなかで「おもいならう」ことが出来ると。

ブッダの正しいおしえがともにあれば、いつか修行者の心身に浸透して、その人の内にはらまれているホトケとなるべき種子をはぐくみ育てるのだという。
観念や学問も日々の生活のなかに生かしてこそ。
こうやって「おもいならう」という段階なしに、何の準備もない者がいきなり密教の修行に入っても、その者の真の部分にホトケの芽は芽吹かないものだと。

唯一神をたたえる宗教ではなく、生き方の智慧を説く仏教は実に興味深い。
とにかく自分が悟りをひらくためにまわりを顧みず日々精進することもエゴ(欲)にはあらずや?

ダラムサラで会った僧の方が、「モチベーション(最初の動機)が正しければ、全てはただしいほうにすすむのです」と話していた。
ゆっくり「おもいならい」ながら歩こう。

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