« Pahalgam (パハルガム)村 | トップページ | さよなら カシミールの村 »

2009年3月24日 (火)

Pahalgam (パハルガム)村 Ⅱ

Img_4633 Img_4638 Img_4644 Img_4651 Img_4655 P3230152 P3240253風が強い。
お天気がかわろうとしている。
午前中村を歩いていると、一軒の家にどうぞと入れていただいた。
台所にはいったい何歳かわからないかっこいいババさまが。もうその場にいるだけで空気が力を持つ人がいるんだな。
孫娘さん(このあたりの人は化粧なんて全くしないけれど、本当に綺麗だ。こんな眼の美しい人をみていると、ミスユニバースのグラマラスな姉ちゃんたちが気持ち悪くみえる)が薪で料理をしているところを見せてくれる。
10人で暮らしているという家のなかはとてもスッキリしている。

子供たちがうわーっと寄ってきて一緒に遊ぶ。
「学校は?」と尋ねると「行ってる子もいるよ(貧しい家では学校に行かず手伝いをしている)」と学校につれていってくれる。春であたたかくなってきたから、屋根の上でおひさまをあびながら授業していた。

パキスタンに近いこの村は80パーセント以上がムスリム。
イスラム原理主義の過激派が数年前爆破テロをおこしたのもこの村だ。
でもここに住むムスリムの人々とヒンドゥの人々はお互いとても仲良く助け合って生きている。ガイドのお父さんはヒンドゥだが、ムスリムのモスクにすたすたと入っていく。
ムスリムは朝早くからコーランとともに祈るので、早朝からお湯をきちんとわかし、まず祈りの場に入る前に(この寒い寒村では)お湯をコップにすくってシャワーのように身体を清める。村のいくつかのモスクでは沸かしたお湯を必要な人には宗教の区別なくくばるのだ。
もちろん私たちも入ってかまわない。
これまで他宗教の受け入れをしているモスクは初めてだったので驚いた。
村にひとつだけのとても古いヒンドゥ寺院では、ムスリムの人々が土塀をなおしたり、きれいに掃き清めたりしていた。
「信じるところは異なるけれど、みんなカシミールに生きるヒマラヤの民だから」という。
カシミールでは、カシミール言語と呼ばれるこの地域独特の言葉と、ウルドゥと呼ばれるこのあたりからパキスタンまでで話される山の民の言葉が主に使われていて、デリー界隈のヒンディはほとんど話されない。
「国境というものがあるけれど、ひとつ向こうの谷の民もみんな同じ顔で同じ言葉を話しているんだよ。みんな助け合っているしね。」とお父さんが言う。

チベットという国はないけれど、その文化圏の広がりはすごい。
そしてこのようにパキスタンや中国、ネパールやブータンそしてインドと目に見えないボーダーがひかれているが、みんなヒマラヤの民なんだ。

国境っていったいなんだと考えさせられる。
山や谷や国境を越えてみんなが同じうたを歌っている。

ヒマラヤの詩だ。

|

« Pahalgam (パハルガム)村 | トップページ | さよなら カシミールの村 »

インド」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Pahalgam (パハルガム)村 Ⅱ:

« Pahalgam (パハルガム)村 | トップページ | さよなら カシミールの村 »