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2009年3月

2009年3月31日 (火)

インド番外編 Ⅳ

Nec_0879旅先で心がけていることは、とにかく現地の言葉がしゃべれなくても、「ありがとう」だけは現地の言葉でというもの。

今回は5種類の「ありがとう」を使うことになった。

デリーエリアはヒンドゥで「ダンニャバード」

ダラムサラではチベット語で「タシ・デレ」

カシミール言語の「ミハルバニ」

カシミールから山のエリアの「シュ・クリア」

そして英語で話す方に「サンキュー」である。

言葉は通じなくても共通するのが目での挨拶だ。
これは世界中共通の言葉だな。

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2009年3月30日 (月)

インド番外編 Ⅲ

P3230196 P3230198 P3240221パハルガム村にはヒマラヤからの豊かな水を取り入れる水路がいくつもある。

水路のそばに水車小屋があって、誰がいつ使ってもよい。
ちょうど粉をひいている村の人がいたので写真を撮らせてもらった。

小麦を挽くこともあるけど、今回はコーンをまず煎ってポップコーンのようにしたものを上から入れてそれを細かく挽いている。これをこねて平らにしてパンにしたり、カシミールティに入れてかき混ぜて飲んだりするそう。
「お茶にー?」と言うと、日本人は粉を入れて飲まないの?香ばしくて美味しいのにといわれた。
一握りのポップコーンをもらって、パリパリといただきながら水車の音を楽しんだ。

ツルであんだカゴはKANGRI という携帯火鉢である。
カゴのなかに素焼きのつぼが入っていて、そこに炭を入れるとほかほか長時間あったかい。
みんなファルンというあの長いコート(のようなワンピース)の中でぶら下げている。
一人こたつ状態である。
これはずいぶん温かかった。

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2009年3月29日 (日)

インド番外編 Ⅱ

Img_4421 Img_4699 P3200085 P3200086 P3210105 P3230132 P3230135 P3230193 Img_4539食べ物特集。

今回はチベット文化圏が多くて食事はかなり口にあった。
デリーで食べていたスパイス満載のカレーもとっても美味しかったけど、ずっと続くと日本人は胃がやられそう。

フライドライスやフライドヌードルがかなり日本の味に近くておいしい。
チベットの餃子のモモはスープに入っていたり、蒸してあるものやフライしてあるものなどいろいろ。

屋台のおっちゃんが売っていたなにかのすり身のようなフライも美味。

黄色いデザートは寒い日に山小屋ででたんだけど、「これはなに?」と聞くと「カスタード」と。
もしかしてシュークリームに入っているような甘いカスタイドクリームがおわんいっぱいに入っているのかとぞっとしたが、食べてみるとカスタードの味だけど葛餅のような、ちょっと片栗粉でのばしたような風合いで甘すぎずついつい食べてしまった。
身体が温まった。

カシミールではバターとはちみつがいつも出たけど、バターは山の放牧のジプシーから買っているということで、めちゃくちゃ美味しかった。はちみつは基本的にアカシアとロータスのもの(ロータス入りというのは珍しい)でこくがあり、カシミールティにも入れる。

今回わたしは免疫が出来たのか、食事が身体にあっていたのか全くお腹を壊さず、毎日ぱくぱくといただいてつやつやになって帰ってきた。

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2009年3月27日 (金)

インド 番外編 Ⅰ

P3190015タイの空港でトランジットホテルをチェックアウトし、手荷物とボディチェックを受けてさあ搭乗口へというとき。

デリー空港のDUTY FREEの袋に入ったままのローズウォーター(200ミリリットル)2本をX-RAYにとおし、受け取ろうとしたらだめだという。
「だって、これは出発する空港のセキュリティのあと購入して機内に持ち込み、今たまたまここでトランジットしているだけで、未開封で完全にピッチリとシールされているんだけど」と言うと、迷ったお姉さんが上司を連れてきた。

このように(と見本を見せて)「50ミリリットル以上の水分の持込はレギュレーションで禁止されているんです」という。
日本からの便でそういうレギュレーションがあることはもちろん知っている。でもこれはセキュリティのあと購入しておたくのタイ航空で移動してきたのよと反論。
「じゃああれは何よ」とタイの空港で化粧品を買った人のボトルを指差す。
「あれはこの空港で購入したものだし。それにDUTY FREEのバッグがぴっちりと封されているでしょう。あなたのはあいているからだめ。」
「だってこれはインドのDUTY FREEがそういう袋を使っているからでしょう。(封できない袋だった)」
とにかくそのボトルをここに捨てろという。
ゴミ箱を見せて「ほらここにもこんなに新品の酒が捨てられているだろう」

なんや、この国。なんやこの係員。

絶対に納得がいかない。
最初は丁寧な英語でしゃべっていたけれど、もう「Could you とかWould you」はふっとんだ。以下全部命令形で大声でどなっている。
「一度もあけていない空港で購入した新品のものまで捨てさせるのか。(あとでこいつらが飲んでるんちゃうんかとまで思う)じゃあそういうレギュレーションは世界中で統一しろ。
持ってかえっていいというから買ったのに、ここから先は捨てましょうとはなんや。
不条理じゃないか。
ここのデリー空港のレシートに電話番号がある。この携帯かしてやるから、お前が今ここで電話して今後は50ミリリットル以上の水分を売るなと今言え、すぐ言え。」

「とにかく捨てないならずっとタイにいることだな」とむかつく発言をする。

「お前レベルじゃ無理だ。誰かまともな英語と日本語しゃべれるやつよんでこい」と私が怒鳴る。

するとその係員は私の袋をかかえたまますたすた歩き、追いかけると、ポイとその袋をセキュリティの入り口までもどして地面においた。
そしてそのままなにもしゃべらずに自分の持ち場に戻っていった。

こんなのおかしい。なにか方法はないものかと考えた。
ボトルを買って何本かに移し変えるか、でもこんな高級品ばかりの空港でボトルなんて売っていない。だめもとでジップロックにローズウォーターをいれてきちんとジップをとめ、DUTYFREEのバッグに入れなおす。
そしてその係員のいない違うレーンにもう一度並ぶ。
そしらぬふりをしてボディチェックを受ける。
そして流れてきたわたしのバッグ!今回はパスした!
遠くでなんとなくその係員が見ているので、中指を立ててやろうかと思ったが、せっかくスムーズに通過したのにまた大喧嘩するのはかなりうっとおしいので無視。
そのまま搭乗口から何事もなく乗り込んで、無事わたしのローズウォーターは日本まで運ばれてきた。

レギュレーションなら世界各国で統一させるべきだ。
そしてこういうイレギュラーな事案を幅をもたせて判断するために、こうやって人間が最終セキュリティにいるんじゃないのか。
それをしないなら全て機械で判断するのと一緒じゃないか。
せっかく旅で身も心もすっきりしたのに、こんなつまらん頭の固いやつらと喧嘩して気分を害した。

しかし、パスポートコントロールで「おはようございます」と言っても無視しているのは日本だけだな。
いっそのこと民営化したら少しは愛想がよくなるのか。

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2009年3月26日 (木)

では、また!

P3250268 P3250266 P3260280 P3260278昨年宿泊したEuroStarInternational は空港のすぐそばだけど、大きな道から一本入っているので静か。
シーツもきれいだしお湯もたっぷりでる。
ホテルから空港までは5分。タイ航空はターミナル2にあり、チェックインはとてもスムーズ。
スリナガルの軍の基地のような空港で長時間セキュリティチェックなど受けていたので、デリーの空港がとてもきれいで広く近代的に感じる。
シンギングボウルもおとがめなし。
セキュリティを通過したあとDutyFreeでローズウォーターとアーユルヴェーダのマッサージオイルを購入する。念のため、「これ機内に持ち込んでも大丈夫ですよね」と確認するともちろんとのこと・・・これがあとで問題をひきおこすんだけど。

残りの小銭でコーヒーを買う。89ルピーとびっくりするぐらい高価だけど、まあ空港だし、北インドはいわゆるレギュラーコーヒーは余程いいところでないと飲めなくて、ずっとインスタントしかなかったのでちょっと贅沢。目の前で豆をひいて入れてくれるおいしいコーヒーだった。

さようなら、また来ます。
インドはやっぱり面白いなあ、なんだかこの国だけで別の惑星みたい。

タイの空港でまたしてもトランジットだが、7時間も待ち時間があるので、買い物も全く興味がない私はやることがなく、初めてトランジットホテルを利用してみた。
時間で切って使えるこのホテルは空港内にあって、お値段は少し高いけれど、軽食も好きなときに好きなだけ食べられるバフェがついている。インドでちょっと手が出なかった生のフルーツを山盛り食べる。
シャンプーやタオルバスローブや冷蔵庫にお水やおやつまでついている。
ベッドにもぐりこんで日記の整理をする。
空調で管理されたほこりのないこの空気をすっていると、ああ帰ってきちゃったなという感じがする。

タイから日本へはやはり満席。
少し寒い日本に帰ってきた。タイ空港での税関係員との喧嘩はまた番外編で。

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2009年3月25日 (水)

さよなら カシミールの村

Img_4611 P3240236 P3230214 P3230168 Img_4697 P3230195早起きして歩こうと思っていたが昨夜からの雨がけっこう激しくふっているので、ゆっくり朝ご飯をたべてパッキングする。

この静かな村をはなれるのがつらい。
もっとここにいたい。
山に入りたいし、この村で過ごしたい。

でも今回、こうやって望めば縁がつながるように、またここに呼ばれることもあるだろう。
インドってなんだか不思議で、心から望んだらちゃんとそちらのほうに引っ張ってくれる場所なのだ。

昨年もリシュケシュだけで、きっとヒマラヤの麓まではいけないだろうなあと思っていたら、偶然ガンゴトリの近くの村ハーシルまでいけることになったし、今回も日程的にダラムサラまでしかいけないだろうなと思っていたら、導かれるようにカシミールのこの村に来ることができた。
ヒマラヤの神さまが呼んでくれたのかな。次回はもうちょっとゆっくり山に入りたい。

山や村の人にさよならを言って、ジープで2時間半かけて空港のあるスリナガルに向かう。

ここがダルレイクだと湖に連れて行ってもらうが、たくさんのボートハウス(宿泊も出来る)が浮いているほかはなんだか街中だし、大きな公園もあのヒマラヤの原生林に比べたら人工的な香りがして興味なし。やはり村に帰りたい。

旅行代理店でエアチケットをピックアップし、空港に向かう。

予想はしていたが、このスリナガルの空港はセキュリティと軍兵の数がすさまじい。まず車をおりて荷物(一個一個これはなんだと調べられる。チベットのシンギングボウルが仏具とか楽器というイメージがないらしく「このメタルの武器は・・・」となる。英語が話せる人が少ないのでめちゃくちゃ時間がかかる)チェック。

その後空港入り口でまず50人ずつしか入れない。再度荷物チェック。またしてもシンギングボウルが引っかかり、説明。カシミールからの州を出るためのフォームに記入(もう出国のイミグレーションなみである)。その後男女別で手荷物とボディチェックを3回。(ファンデーションまであけさせられる。もちろん気が遠くなるくらい時間がかかる)カメラは電池を抜き、手に持って撮影できないようにして飛行機に乗り込まなければならない。

もうこの時点でぐったり。飛行機が飛び立ったときは少しほっとしたが、上空から眺めたスリナガルの空港はおおきな迷彩色に塗られて、まわりの菜の花畑からひときわ浮いてみえる。余計に目立つと思うけどな。

デリーの暑い空港におり、たくさん着込んでいた服を脱いで、インドは広いなあとつくづく思った。昨年宿泊した空港の近くの小さくて親切な宿にとまる。

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2009年3月24日 (火)

Pahalgam (パハルガム)村 Ⅱ

Img_4633 Img_4638 Img_4644 Img_4651 Img_4655 P3230152 P3240253風が強い。
お天気がかわろうとしている。
午前中村を歩いていると、一軒の家にどうぞと入れていただいた。
台所にはいったい何歳かわからないかっこいいババさまが。もうその場にいるだけで空気が力を持つ人がいるんだな。
孫娘さん(このあたりの人は化粧なんて全くしないけれど、本当に綺麗だ。こんな眼の美しい人をみていると、ミスユニバースのグラマラスな姉ちゃんたちが気持ち悪くみえる)が薪で料理をしているところを見せてくれる。
10人で暮らしているという家のなかはとてもスッキリしている。

子供たちがうわーっと寄ってきて一緒に遊ぶ。
「学校は?」と尋ねると「行ってる子もいるよ(貧しい家では学校に行かず手伝いをしている)」と学校につれていってくれる。春であたたかくなってきたから、屋根の上でおひさまをあびながら授業していた。

パキスタンに近いこの村は80パーセント以上がムスリム。
イスラム原理主義の過激派が数年前爆破テロをおこしたのもこの村だ。
でもここに住むムスリムの人々とヒンドゥの人々はお互いとても仲良く助け合って生きている。ガイドのお父さんはヒンドゥだが、ムスリムのモスクにすたすたと入っていく。
ムスリムは朝早くからコーランとともに祈るので、早朝からお湯をきちんとわかし、まず祈りの場に入る前に(この寒い寒村では)お湯をコップにすくってシャワーのように身体を清める。村のいくつかのモスクでは沸かしたお湯を必要な人には宗教の区別なくくばるのだ。
もちろん私たちも入ってかまわない。
これまで他宗教の受け入れをしているモスクは初めてだったので驚いた。
村にひとつだけのとても古いヒンドゥ寺院では、ムスリムの人々が土塀をなおしたり、きれいに掃き清めたりしていた。
「信じるところは異なるけれど、みんなカシミールに生きるヒマラヤの民だから」という。
カシミールでは、カシミール言語と呼ばれるこの地域独特の言葉と、ウルドゥと呼ばれるこのあたりからパキスタンまでで話される山の民の言葉が主に使われていて、デリー界隈のヒンディはほとんど話されない。
「国境というものがあるけれど、ひとつ向こうの谷の民もみんな同じ顔で同じ言葉を話しているんだよ。みんな助け合っているしね。」とお父さんが言う。

チベットという国はないけれど、その文化圏の広がりはすごい。
そしてこのようにパキスタンや中国、ネパールやブータンそしてインドと目に見えないボーダーがひかれているが、みんなヒマラヤの民なんだ。

国境っていったいなんだと考えさせられる。
山や谷や国境を越えてみんなが同じうたを歌っている。

ヒマラヤの詩だ。

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2009年3月23日 (月)

Pahalgam (パハルガム)村

Img_4664 Img_4598 Img_4601 Img_4615 Img_4665 P3230161 P3230156 P3230180 P3230173 P3230163アルトのなかで足を縮めて寒さで毛布にくるまりながらいくつかの峠をこえる。

ドライバーも眠らないように深夜にひらいているチャイ屋さんで時々停まって休憩。トイレなんて気の利いたものはないので夜の闇にまぎれてオープントイレ。
後ろからがぶっとこられそうで野犬が怖い。

頻繁に軍に車をとめさせられる。銃をむけられたまま何度かパスポートチェックがある。50メートルおきに2人ずつ兵が立っている。
そんなにやばいエリアなのか? 
暗闇で軍兵の目が光っている。帰ってからわかったことだけど、このあたりは山賊やゲリラが民間の車を襲うのでそれを警戒しているらしい。

サスペンションが壊れるんじゃないかというぐらい上下にがたがた揺れながら(シートベルトがあって嬉しいと初めて思った)うつらうつらしつつ高い峠を越えていく。

ジャンムーとカシミール間のテリトリーを分けるトンネルコントロールゲートが朝8時からしか開かないので、その手前でチャイを飲んで待つが、大きな野犬がたくさんほえながら走り回っているので怖くて外に出られない。
一目100人以上の軍兵がうろうろ。カシミールはインドパキスタン間の紛争で今も国境がかなりホットだけど、とにかく民間人より軍が多い。
トンネルを越えてカシミールに入ったところでまたセキュリティチェック。
車をとめていると外からばんばん窓ガラスをたたく人たちが。
窓ガラスになにかを押し付けて売りつけようとしている。どうもよく見るとサフラン。
サフランはこのあたりの産物らしく、日本でもほんの数枚の花びらでものすごく高価なんだけど、これをツーリストに売ろうとしているのだ。
私は全然興味がないので窓越しにいらんと手をふる。

トンネルを越えるとがらりと景色が変わり、軍兵の数は相変わらずだけど、見渡す限り美しい菜の花畑が続く。静かな田舎地帯に入ったようだ。
人々の洋服がトンネル前と全然違う。
カシミアで出来たながいコートのようなワンピース。
この地方の人々は例外なくこの服(Pharn ファルン)をユニフォームのように来ている。

10時ころようやくパハルガム村に入るが、村に入ったとたんバタバタとファルンを着た人たちがかけつけてきて車をゆすったりバンバンたたいたりしながら「ホテル、ホテル!ガイド、トレッキング!フォト!」 などと叫ぶ。
この時期はまだ雪解けしたところで観光客やヤトラ(ヒンドゥの巡礼)も来ないし、雪深い寒村だから仕事が全くないらしいのだ。
なんとか人々の群れを抜けて私たちの泊まるHimalayan Houseへ。
村のメインどおりからもかなりはずれた山の麓、川のほとりに山小屋があった。

13時間の移動から解き放たれてやっと新鮮な山の空気をすい、身体を伸ばした。
気温はかなり低いけれどお日さまがあるのでそれほど寒くない。
庭であたたかいカシミールティと朝ごはんをいただく。
ガイドのお父さんが「ゆっくり休む?薪で沸かしてお湯もすぐに出るようにしたあるよ。散歩に出るなら案内するし、自分の家だと思って自由にしたらいいから」と。
荷物をおろして、お天気もいいのでそのまま村を案内してもらうことにした。

お父さんはこの村のローカルの主なのでみんなが感じよく挨拶してくれる。
女の人も子供も興味深げによってくる。牛も馬もやぎも鶏も羊もなにもかも放し飼い。
村にはヒマラヤの溶け出しの豊かな水路がたくさんあり、みんな水をのんだり洗濯したり。
いい水のそばで暮らすというのはとても大きなテーマだ。
このあたりの人は顔つきがデリーあたりの人々とは全くことなり、中近東よりというか、ヨーロッパのにおいもする。

植林はいっさいない大きなヒマラヤ杉の森のなかをあるく。
この村で標高2500メートルくらいである。前方に見える雪山のむこうにシヴァ神のアイスリンガで有名な寺があるので、夏のヤトラシーズンには巡礼の列が出来るらしい。
今は雪と氷に閉ざされているのでまだ誰もいないけれど。
静かなシーズンに来てよかった。

午前中深い森歩き。お父さんはとてもきれいなわかりやすい英語でしゃべってくれるので色々聞きたかったことを質問しながら歩く。
「このあたりで危ない生き物って熊?」
「もちろん熊もだけど、タイガーがたくさんいるからね。飛び掛って人をすぐに襲うわけではないけれど、馬やポニーに荷物を積んでトレッキングキャンプをしているときは、一晩中火を絶やさないようにしないと馬たちは必ずやられるよ。タイガーやきつねやコンドルがすぐに食べてしまって4-5日できれいな骨になる。こんな風に」
ふとあたりをみると、そういえば結構大きな骨がごろごろ。
虎きちだけど、さすがになあ。

午前中で3時間、午後からまた3時間くらい歩いて足が疲れきったころ日が暮れてきたので山小屋に帰る。
ストーブの前でお茶を飲んでぼーっとしていると美味しいカレーやトラウトのフライ、スープなどをガイドの人たちが次々に作ってくれた。
薪をたいてお湯をわかし、あついシャワーを浴びて(外は氷点下である)、湯たんぽをもらって眠る。この湯たんぽのおかげで本当にぐっすり眠れた。P3230220 P3230219

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2009年3月22日 (日)

ダラムサラからカシミールへ

Img_4566 Img_4567 Img_4569 P3220123Img_4592 早朝6時前にナムギャル寺院に向かう。
お堂でしばらく座禅させていただく。
遠くから僧侶の声明が聞こえてくる。
とても静かだ。

ダラムサラの近くのBhagsunathというところに滝があるらしいので、散歩がてら歩いていく。
滝まで約一時間。
まだ沢は雪解けしておらず、滝の水もちょろちょろと言う感じ。
巨岩に触れながら沢筋にそって川をおりる。
川では僧侶たちが洗濯をして僧衣を岩にほしながらゆっくり過ごしていた。

ホテルでグルザードにトレッキングルートの相談をしていると、ヒマラヤに興味があるならとてもいいところがあるんだけどなと言う。
「ただ、ちょっと遠いんだけどね、でも天国のようなところ。」
「どこなのそれ、歩いていけるの?」
「歩いては無理。ここからは車で13時間くらいかかる。カシミールの小さな村、Pahalgam(パハルガム)に僕の山小屋がある。
標高は2500メートルくらい、そこはヒマラヤトレッキングのベースとなる村なんだ。もし興味があるなら行きのジープやガイド、帰りのデリーまでの飛行機も手配できるよ」と。

車や飛行機、宿代とガイド代金全てこみで500ドルと言われたが、ちょっと料金的に無理だ。

でもカシミールはこのところのインドパキスタン間の政情不安でかなりホットなエリアだし、日本からでは情報がなくて(行くなと書いてある)なかなかチャンスがないと入れない。確かに列車のなかで地図をながめていて、このあたりにいけるといいなあと話していたところだったからあまりの偶然にどきっとしたのだが。

しばらくねばって値段交渉し、ジープを小さな車に変えて(アルトだった・・・)一人300ドルまで下がった。デリーまでの飛行機だけでも100ドルだから、これ以上は全く自分の利益がなくなるし下げられないという。

ダラムサラより北に行くとは思っていなくて、それほど温かい服装を持ってきていないがなんとかなるだろう。それよりこういうきっかけがないとカシミールは今後行く機会がないかもしれないと決断して、深夜から旅立つことになった。ダラムサラで6日間くらい過ごす予定でいたが、大急ぎでパッキング。

シンギングボウルを売っているお店によって(何度もよって色々触らせてもらっていた)、購入するもの選び。ダラムサラで売っているからといって、質の高いシンギングボウルばかりでは決してないのだ。仏具としてのシンギングボウルはたくさんのメタル(鉱物)をミックスしてその大地の力を練りこんであるもの。手にとって鳴らしてみるとその違いがわかる。安価なものは5種類以下のメタル、持ってみた重みも音色も異なるのだ。

「ザナスカルの谷に住むチベタンの民が、昔からのやり方にしたがってきちんと作っているボウルをひとつづつ自分で鳴らして仕入れてくるんだ」と店主が言う。そして「どういう目的で欲しいんだ?安いお土産を記念にほしいのか、それとも質の高いものを選びにきたのか?それによって薦めるボウルは全然ちがうんだ」と。

自分のために納得できるこれはというボウルがあれば欲しいというと、いくつか新たにボウルを出してきてくれて「これは今回の旅で買ってきた自分のお気に入りだ」と。

床に座り込んでじっくり演奏させてもらう。余韻のながいなんて素晴らしい音。そしてシンギングボウルとの相性というのも確実にある。「きみがボウルを選ぶのと同じように、ボウルもきみを選ぶんだよ」と言われた。結局18種類のメタルの入ったボウルで自分の身体や心にあうものをいくつか選ぶ。

いい買い物だった。(2時間もたっていた)  その後どうしても欲しくて気になっていたタンカやさんへ。カーラチャクラのタンカのみ見せてもらう。ここは村では一番たくさんのタンカを扱っていて、カーラチャクラだけでも100枚を越える。もちろんすべて手描きだが、ダラムサラのチベット人のタンカ絵師から買い取って彼らに売上の何パーセントかが入るようにしているとのこと。これも質はさまざま。やはりマスター(先生や高名なラマ)の描いたタンカはものすごくディテイルがこっていて美しい。

これも眼が釘付けになったラマの作品は高価だったが、とてもおいて帰れないくらい気に入ったので思い切って購入。それと何枚か生徒さんの作品もゆっくり選ぶ。

あっという間に時間がたって出発間際になってしまった。21時半にアルトで(13時間)旅に出る。

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2009年3月21日 (土)

マクロードガンジ

Img_4540 Img_4527 P3220129 Img_4523 Img_4554 Img_4556チベット医学研究所のメン・ツィ・カン(TIBETAN MEDICAL ASTROGICAL INSTITUTE)を目指す。

チベット医学は独特の占星術とも深く関係していて、一人ひとりの生まれ時も健康に大きく関係していると考えられている。
この医学研究所では古来のやり方で診てもらえるそうなので、山道を歩いてメン・ツィ・カンに向かった。
ほとんどロウワーダラムサラまで40分くらいかけて下りたところだ。

ASTRO-DEPARTMENTに行って話しを聞くと、なんと3ヶ月待ちらしい。びっくりとともにがっかり。

「もしそれでも占星術を受けたいなら」と受付の先生が。
ここに生年月日など占いに必要な内容を全て書いてもらって、占星術の順番が来たらあなたにEメールを送ってあげます。
そのときにまだ気持ちが変わらず、占星術を望んでいたらその旨メールで返事をし、銀行経由で送金してくれたらその時点で占星術を行います。
結果は聞きにくる必要はありません。
手紙かメールで御伝えしますと。

とりあえずアドレスを書いてウェイティングリストに名前を書かせてもらった。

受付の先生に「どなたかこのあたりにチベット医学で体調のディスハーモニーなどを診てくださるお医者さんはいらっしゃいませんか?」と尋ねると、「ええ、ええいい女医さんがいますよ」とのこと。
この建物を出たところにTIBETAN CLINICと書いてあるセクションがあるからそこに行って、ドクターへの面会を申し込みなさい、でも17時までだから急いでねと。

夕方だからか待ち時間も少なく、すぐにドクターに診てもらうことになった。
「さてさて、どうしましたか?」と優しそうな女医さんがゆっくりときいてくれる。
「今どこが悪いというわけではないのですが、冬に身体が冷えやすく風邪をひきやすいみたいなんです」というと、手首を出してと言われる。
左手首をなんどか圧をかえながら時間をかけて脈診、つづいて右手首、もう一度左手首の脈診ののちに舌とまぶたの裏側を診てもらって終了。

「血の圧が健康な人より弱いね。ルン(風)をまとっているから、あなたは背中から風が入ってきやすい。それがあなたの身体を冷やしているね。
夏も冬もあたたかいものを飲みなさい。冷たい飲み物と酸っぱい食べ物、甘いものの採り過ぎはだめ。それからあなたはポテトはだめ。あと、手足のマッサージをもう少し時間をかけてやりなさい。
2ヶ月ぶんの薬を出すから、朝昼夜にきちんとすりばちで細かくして白湯で飲みなさい。
マッサージオイルも出しておくから薬局でもらって。」

ポテト・・・去年リシュケシュのアーユルヴェーダ医に診てもらったときも、「マリはノーポテト。絶対にだめ」と言われたが・・・
そうなんですか、脈でそんなことまでわかるんですか。
納得しながら薬局で丸薬とオイルをいただく。

研究所のミュージアムがとなりにあるので5ルピー払って入れてもらった。
チベット医学で使われているたくさんの高山の薬草や鉱物が一つ一つ見本と効能を書いて展示されていた。
インド古来のアーユルヴェーダがベースだが、使われるハーブが違う。
ヒマラヤの高山に生える植物はとても生命力が強い。
そしてトリカブトや鉱物など、分量を間違えると身体にとって有害なものを適切な分量を処方するのだ。

このメン・ツィ・カンには世界中からチベット医学を学びにきている人々が生活している。
まずはチベット語の習得、そしてチベット密教を学びその後に医学習得が始まる。
最低7年くらいかかるねと先生が言う。
それから臨床がやっと始まるから、時間はとってもかかるけどねと。
納得しました、素晴らしいです。
こういうお医者さんが存在してくれていることに感謝します。

以前関西でも有名な大きな総合病院に膝をみてもらいにいったことがあった。
クライミングの故障でいつもずっと不調和を感じているので、日常生活にはそれほど支障はないけれど、角度によって激痛があるのですと説明した。
(診てもらうまでに2時間待った)
レントゲンやMRIを撮り、「うーん、はっきりとはよくわからないなあ。痛み止め注射しようか。」というので、「痛み止めはいりません。今わたしの膝がどういう状況なのか、どのような努力をしたら緩和されていくのか教えてください」と尋ねた。
すると、「そんなことは専門家にきいてよ。フィットネスとかに行ったらトレーナーがいるでしょ。僕になにをして欲しいの?痛み止めくらいしかできないけど」と。
こらあかんわと思った。
というか専門科された西洋医学の限界をみたなという気がした。
痛みを押さえつける薬なら与えられるけど、原因はわからないんだ。
これが関西でも権威と言われている人の言葉なんだと、これまた逆の意味で納得したのだった。

病院の入り口に日本人の先生のお名前が彫ってある。
この病院を寄贈されたようだ。
こんなチベットのすばらしい文化がきちんと伝承されるこういう研究所の存在意義はとても大きい。
ダライラマ法王が着の身着のままで亡命されてから50年。
中国側の虐殺や暴力などをのりこえて、毎年少しずつ中国のチベット自治区から命をかけて民が亡命してくる。
今はチベットという国がないけれど、その文化圏の広がりはとても大きい。
どうかこの文化が伝承されていきますように。Nec_0916
Nec_0913 Nec_0917

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2009年3月20日 (金)

パタンコットからダラムサラへ

Img_4500_2 P3200063_2 P3200076_3 P3200075 P3210098 Img_4525 P3200091 P3200096 Img_4530PATANKOTに朝7時半に到着。
ダラムサラのホテルにジープでピックアップを頼んであったが、8時半になっても来ない。
携帯からホテルに電話して、「迎えが来ていないんだけど」と言うと、どうも担当者が旅行中でわからないらしく(そんなことあるのか)、「そこからなら1500ルピーでここまで来れるから、タクシーでおいで」と言う。

いや、手段に困っているんじゃなくて頼んだから待ってるんだよ、もし車が遅れているだけだったらドライバーに悪いし、(ここから2時間かかるし)あとでお代金を2重に請求されても困るからと言うと、「うんうん、ノープロブレム、とにかくタクシーで来てね」と陽気な返事。

まあとにかく新しくタクシーをつかまえてダラムサラまで行ってもらうことにした。
途中、「朝ごはんまだなんじゃない?」ドライバーがお茶も飲める庭つきのカフェによってくれた。

2時間半ほどでダラムサラのLower Dharamsala に到着。Upper Dharamsala のマクロードガンジまではあと30分。
細い急坂をきゅるきゅるとタイヤを鳴らしながら登る。

タルチョ(ルンタ)がたなびく、山肌に張り付いたような小さな村についた。
予約しておいたANNEX HOTEL に到着。
ものすごいラテン系の明るいお兄ちゃんが「いやーいらっしゃい!待ってたよ!ちょっとこの景色見てみて!」といきなり屋上まで階段を上らされる。
ここは標高1500メートルくらい。
谷からロウワーダラムサラの町も全て見下ろせる。
後ろをみると雪をかぶったヒマラヤの山が。確かにいい景色だ。

出されたカシミールティ(サフランやクミン、グリーンティとカルダモンが入っている)を飲みながら、「ところでさっき電話にでたのはあなた(グルザードというらしい)? ハッサンさん(グルザードのお兄さん)からこんなメールもらってたんだけど、本当に勝手にタクシーやとってよかったんだよね?」と予約レターを見せると、一瞬あれっ?という顔をするが、「ノープロブレムだよー、だって真理はもうここに着いているしみんなハッピーだから」と。
ドライバーがアンハッピーじゃなかったらいいがなと言うと、「そんなのたぶん大丈夫!」だって。
ほんまか。

まあとにかく部屋に通してもらう。
チベット手作りの刺繍で飾られた部屋はさっぱりと綺麗で、ベランダからは谷が見下ろせる。
マクロードガンジを散策して、小さなYAK Restaurant に入り、トゥクパという汁そばと焼きそばを食べる。
スパイスでちょっと胃が重くなりかけていたから、このチベット食はとてもありがたい。

山の天気なので夕方には風が吹き、大粒の雨が降り始める。
シャワー(停電で途中から水・・・寒い)を浴び、かなり寒いので毛布にくるまって眠った。

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2009年3月19日 (木)

デリーから列車で

Img_4439 Img_4472 Img_4475 Img_4486 Img_4488 Img_4489 Img_4490 P3200051朝食後デリーのマーケットを歩き回るが、排気ガスと土ぼこりと人の多さに眼がチカチカする。
薬局でネティポットを売っているか何軒か尋ねてみたが、絵まで描いてもそんなもん見たこともないという感じ。
しまった、売っていると思って持ってこなかったが、去年売っていたのはヨガの人がたくさん集まるリシュケシュだったからなのか。
ホテルで鼻をかむと真っ黒。
このデリーの大気汚染だけはなんともならないなあ。

車やリキシャの鳴り止まないクラクションで頭もぼーっと。

夕方寝台列車に乗るためにオールドデリー駅へ向かう。
ニューデリー駅もそうとう大きかったけど、ここも広い。
自分の列車のプラットフォームを電光掲示板でチェックする。
私が乗るのは4033JAMUU MAIL  EXPRESS。
今回は10時間くらいの旅なので、鍵のかかる個室1Aクラスを初めて予約してみた。
満車でみちみちにみんなが立って乗っている2等とはお値段が何倍も違って、1500ルピー(3000円くらい)するけれど、まあ他人や盗難を気にせずぐっすり眠れるので楽だ。

列車の自分の部屋をさがすため、プラットフォームで貼りだしてあるリザベーションシートで自分の名前と座席を確認して乗り込む。
ジャラジャラガチャガチャとしぶい鍵売りのおっちゃんが「鍵いらんか」と言いにきたので、古い鍵をコレクションしている友人のために一個南京錠を購入した。

21時半の出発なので二段ベッドの座席はもうベッドメイクされていて、パリッとした新しいシーツが敷いてある。
晩御飯がまだでお腹をへらしていると、列車が動いて間もなく「スープ!スープ!」とスープ売りさんが。大きな銀のポットからどぼどぼと注いでくれる。
これがスパーシーでものすごく美味しいトマトスープ(クルトン入り)だった。
食欲に火がつきかけたところで、「チャイー! チャイー!」とチャイ屋さんが。
「はいはいはい!飲みます!」と喜んでもらう。一杯5ルピー。
そして駅弁屋さん登場・・・カッテージチーズ入りのカレー(かなりホット)とフライドライスとチャパティで60ルピー。
美味しかったけど舌がひりひりするなあと思っていたら、またチャイ屋さんが。
呼び止めてチャイを買う。
いつも紅茶やコーヒーは砂糖をいれないので、インドの甘く頭のしびれそうなチャイが最初は苦手だったんだけど、こんなスパイシーフードには不思議と合うんだな。

「チャイ好きなの?」とチャイ屋さんが嬉しそうに言う。
いやー本当ポットで欲しいくらい。

夜何度か停車するけれど、心地よい揺れでぐうぐうと眠る。
バスと違って、列車ならいつでも行きたいときにトイレに行けるし楽だ。
朝方眼が覚めて夜が明けていくのを車窓から眺めていると、遠くからチャイー!の声が。
大きく手をふって「ハーイ!買います買います!」と叫ぶ。

その土地にいったらその土地のものが飲みたくなるんだな。

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2009年3月18日 (水)

出発 デリーへ

Img_4409 Img_4425 Img_4432 Img_44234時に起床してパッキング。
タイ航空のカウンターがなぜか激しく混んでいてチェックインに1時間以上かかる。

関空ではいつも本屋とうどん屋さんにいくのが楽しみなのにダッシュで搭乗口へ。
10時30分発の飛行機が20分発に変更されている。

「いざというときはドアを開くのを手伝います」と非常口前の足元の広い座席をリクエストして、バンコクまでの5時間半は快適だった。

バンコクは5年ぶりなのでスワンプナーム空港は初めて。
新しく、設備は美しかったが免税店ばかりで見ていて疲れる。お買い物ツアーのマダムたちは喜んでブランド店をはしごしているが、全く興味なし。
5時間の乗り継ぎ時間が長く感じられる。
昨年使ったマレーシアのクアラルンプールの空港は横になれるくらい広い椅子がたくさんあり待ち時間も快適だったけど、ここは椅子の数が客の相対数に比べて少ない。
店に客を入れるための作戦なのかもしれないけれど。

タイのビールをラウンジでピッチャーで頼み(他にやることない)、本を読んだりして過ごす。

ようやくデリーへ向かってのフライト。
まわりはインド人ばっかりで日本人の姿は見えない。後ろのインド人、狂ったようにウイスキーをおかわりしている。ヒンドゥではないんだろうな。
フライトアテンダントもいい加減うんざりしていてやれやれという感じ。
アメリカの航空会社なんかはもうアルコール類は有料化しているが、こういうただなら馬鹿のみする客をみていると有料化して本当に飲みたい人だけ飲むというのでいいのではないかと思った。

気の遠くなるほどバゲージクレイムで荷物まち(いつもなくなったのかと思うくらい出てこない)。
日本円をルピーに両替してゲートを出ると、ホテルを通してお願いしておいたピックアップタクシーがわたしの名前をさげて待っていてくれた。
この時点で深夜12時過ぎ、ホテルについたのは1時前だったが眠そうに出てきたマネージャーが快くチェックインしてくれる。
今回はキャロルバーグのPOOJA PALACE。
空港送迎つきで、部屋も清潔でお湯もたっぷり出るし、24時間ルームサービスもあって快適だ。
シャワーをあびて泥のように眠る。
Img_4455 Img_4452

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2009年3月17日 (火)

三月場所

Nec_0837 Nec_0838今、大阪府立体育館では三月場所がひらかれている。
普段はあっさりした入り口の体育館もいまはものすごくカッコイイ。

たくさんののぼり、昔ながらの入場門。

今日レッスンの打ち合わせをしているとき、にっこり笑いながら事務所の横を武蔵丸親方が通っていった。
小山のような立派な身体と風格・・・お相撲さんは本当にカッコイイ。

さて、明日からインドに行って来ます。
全然パッキングできていません。明日はけっこう朝早くて7時には家をでなければ間に合わないのに大丈夫なのか・・・。
ではいってきまーす。

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2009年3月16日 (月)

陀羅尼助丸

Nec_0836旅行前なのにちょっとお腹の調子が悪い。

お腹の風邪のようである。
うちではいつも陀羅尼助丸で胃腸の不調を直す。
この丸薬、30粒のまないといけないんだけど本当に効きます。
食べすぎ飲みすぎやお腹をこわしたときもこの生薬。
奈良の大峰山のふもとの民間治療薬です。
見かけたらぜひ試してください。

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2009年3月15日 (日)

ミューラシア 4月のレッスン日のおしらせ

Nec_01172009年 4月のミューラシアレッスン開催予定日について

4月2日・9日・16日・23日の木曜日 18時半から20時まで
一回 1500円

ヨガマットかバスタオルをお持ちください。

春の調気法を中心に動いていきます。
質問のある方は mari.henmi@gmail.com まで。

ミューラシアの場所は下記をご覧ください。http://www.mmjp.or.jp/mulasia/space/

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2009年3月14日 (土)

アバロン ミーティング

Nec_0834 Nec_0835 Nec_0833イシハラさんがくるくるした不思議なものをかかえてアバロンに入ってこられた。
実はこれもデジュリドゥである。

久しぶりにお会いしたくりぼうさんは相変わらず眼がきらきらしていたが、二階のデジュスペースで店長、イシハラさんと大セッションしていた。

一階の素敵なカフェスペースではミューラシア仲間でミーティング。デジュのお店のマチコちゃんも加わって、お話はさまざまなところに飛ぶ。新鮮な野菜をお任せでどんどん料理していただき、あっという間にまた終電ぎりぎりになった。

ユキコさんは長くヨガに触れてきたが、先日ある日急に電車のなかで「インドに行かなくては・・・」と思い立ち、その日に会社に休職を申し出た面白い方。
アシュラムや去年行ったリシュケシュの話、またヒンドゥやヴェーダとのかかわり方など普段なかなか話せない意見を交換する。
こういう場でないとなかなか話せないこともあるし、とても有意義な時間だった。
一緒にヨーガをすすめていく上で、わたしの顔が向いている方向をぜひ説明する時間がほしかったから。
ユキコさんのお友達のタカチャンも途中から参加してくれて、お互いのヨーガとの触れ方や考え方、これからやりたいイベントの話になる。
そうか、こうやってみんな横のつながりがなく、色々な思いも今までは点で存在していたけれど、みんなの思いとか力をあわせると何倍も面白くなるかもしれないな。

マチコちゃんがどんな風にヨーガに出会い、そしてともに歩いているのかも教えてもらう。
やはりヨーガはその人が必要としたときに、自然にその人の人生に入ってくるんだな。

イシハラ夫妻の素敵なお話もいっぱい伺い、うしろではデジュのセッションがすすみ、おいしい料理と心地よい空間のためか、ふと気付くとアバロンはほぼ満席。
店長のりょうやさんが「自分の部屋みたいなもんやから・・・」と。
遊びに来て楽しく還ってくれるととても嬉しいんですと。
一人ひとりのお客様を外まで見送っているりょうやさんを見て、どうしてアバロンが人気があるのかわかる気がした。

いい時間をありがとうございました。
また遊びに行きます!

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2009年3月13日 (金)

可愛いおくりもの

Nec_0829ヨガの助手さんのY家のケンタロウくんとユウキくん。

ケンタロウくんはタイガース入団を目指し、日々野球に打ち込んでいる。
ユウキくんはまだ小さいのにヨガにきたら、一緒にのびのびと動いてくれる眼のきらきらした男の子だ。

バレンタインに小さなドラえもんチョコを差し上げたら、なんと可愛いお手紙とお菓子をとどけてくれた。

「インドに気をつけていってきてください。」とか「またヨガに行かせてください。」とか、泣かせる言葉がかいてあった。

どうもありがとう!
お菓子ちょっとずつ大事にいただくよ。

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2009年3月12日 (木)

五感の開放

Nec_0096今日のミューラシアは五感の開放がテーマ。

呼吸とともに耳・鼻・舌・眼・皮膚の感覚をたかめて、五感をクリアにする。
脊椎をゆるめ、気の通り道を流れよくする。

春の気をとりいれる大きな動きと足裏のドライマッサージ。
最後にろうそくを使った目のトラタカ。
涙が出るまでじっと眺めつづけ、眼の神経をクリアにする。

Kさんはトラタカでも涙が出ず、まわりの景色は消え、ろうそくの炎だけが浮かんでいたそう。とてもいい瞑想状態に入っていたようだ。
これもまたよし。

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2009年3月11日 (水)

旅準備

  Nec_0026_2 そろそろ旅準備をと思いながらなかなか動いていない。

とりあえずデリーに深夜に着くので一泊目の宿と、パタンコットまでの翌日の寝台列車を予約する。

去年はインドの旅行代理店で列車チケットをとってもらったんだけど、今回はIndian Railwaysのホームページで時刻表検索していくとなんとか予約できた。

エアチケットも海外の列車もすべてネットでE-チケットでいけるなんてすごい時代だなあ。旅行代理店がはやらなくなるわけだ。

びわの葉をつけた焼酎の液をコットンガーゼにしみこませて、消毒おてふき作り。土壌回帰性のトイレットペーパーやポカリの粉末を買いにいったり、なんやかやとやることが多い。

いつも直前にばたばたするんだけど、まあとりあえずパスポートとビザがあれば・・・

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2009年3月10日 (火)

ハイエース復活

Nec_0828 新車で買ったハイエースが排気ガス規制でこの春の車検から都市圏では乗れなくなってしまう。丁寧にケアしてきたのでまだまだ乗れる車だし手放すのはおしい。
新車で新型のハイエースを買うとなるとかなり思い切った金額だしと色々調べていると、排気ガス対策マフラーというものが出来たようだ。
フィルター機能のあるマフラーに取り替えれば、排ガス規制値をクリアするらしい。
いつもお世話になっている車の修理工場に調べてもらったら、フィルターマフラーと取り付け手数料をあわせて30万円くらいで出来ますとのこと。

新型を購入するならその10倍以上の金額になるので、まだまだ乗り続けたい車だし、結局フィルター取替えと車検も一緒にお願いした。
今日車検も通り、ハイエースくんが帰ってきた。
いつもとても手早く親切に相談にのってくれ長田モータースさんありがとうございます。

型式にもよるみたいだけれど、丁寧に相談にのってくれます。
ハイエースの排ガス規制で迷っている方は、長田モータースさんに一度相談を。

株式会社長田モータース 池田市木部町85-2  電話0727-51-3666

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2009年3月 9日 (月)

coyote

Nec_0826coyote 2005年 5号 本棚を整理していたら目に付いた。

ダライラマ法王を敬愛していたので、その頃は何気なく購入して読んでいた。
大きな文化圏をもつチベット、今はその国はない。
中国が自分の領土だと主張し、チベット自治区という名目を与えているが、実際は信仰の自由さえない。
ダライラマという法王の名を口にしただけで投獄されることにおびえながら人々は暮らしているのだ。

50年前、中国政府からの抑圧でその命も危ないとされ、辛いヒマラヤ超えの道を通って法王はインドのダラムサラに亡命することになる。
この本のなかのインタビューで法王が語る。

「インドの国境近くでのこと。
明日はインドとチベットの国境のキンチャンマニにたどり着くという場所だったと思います。
その地に護衛部隊とチベット軍、それにチベット政府の役人も結構いました。
国境を私が安全に越えられるのを確認すると、彼らは、「中国軍と戦いにいく」と言って、戦場にまた戻っていったのです。
とても心が痛みました。
ただ離れ離れになるだけの別れではない。
多くの人が帰らぬ人となるのは間違いないでしょう。
胸が締め付けられる思いでした。

脱出している間で、もっとも覚えている気持ちはおそらくこれでしょう。」

わたしがいつも胸にだいている法王の言葉がある。

「あなたがなにかするときに、それはあなたにとっていいことか、相手にとっていいことか、そして大地にとっていいことか考えなさい。そしていいことなんだと判断したら、それをやりなさい。」

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2009年3月 8日 (日)

大阪府立体育館 2009年 第一期のおしらせ

Nec_0105 なんばの大阪府立体育館で4月から第一期がはじまります。
日程は下記の通りで、体験レッスンは一回1000円でご参加いただけます。

水曜日「ヨガ」 14時半から16時
 4月8日・15日・22日 5月13日・20日・27日 6月3日・10日・17日・24日 全10回 9450円 柔道場

火曜日「ボディケア・ヨガ」 18時半から20時

4月14日・21日・28日 5月12日・19日・26日 6月9日・16日・23日・30日 全10回 11000円 多目的ホール 

動きやすい服装と飲み物をご用意ください。

お問い合わせ先 大阪府立体育館 管理事務所 06-6631-0121

http://www.furitutaiikukaikan.gr.jp

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2009年3月 7日 (土)

甲子園口市民館 4月 ヨーガレッスンのおしらせ

Nec_0104 甲子園口でのヨーガレッスン 2009年4月の開催日のおしらせ

場所 西宮市甲子園口北市民館(JR甲子園口北側 徒歩7分 山手幹線   北側の熊野神社前 松並公園のなかの建物) 会議室(人数によって場所変更あり)

日時 4月2日・9日・16日(木曜日) 会議室

    4月14日・21日・28日(火曜日) 和室

時間は10時から11時まで(約1時間) 

料金 お部屋代金の募金(500円)

持ってくるもの ヨガマットかバスタオル

予約はいりませんので直接お出でください。

身体を大きく動かして、春の気をいっぱいとりいれましょう。

火曜日は和室で指導担当は森本・横谷が行います。
木曜日は現行どおり、会議室で塚本が担当いたします。

ご不明点はmari.henmi@gmail.comまでメールでお問い合わせください。

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2009年3月 6日 (金)

旅に

Nec_0028人が一生のうちにインドとつながる機会があるかないかは、その人がインドという地に呼ばれるかどうかで決まるらしい。

インドとつながれるかどうかも過去のカルマのだと。

今年もインドに行くことになった。
去年はガンガーに魅かれ、ガンガー沿いを出来るだけ最初の一滴までさかのぼってみた。
ヴェーダから仏教へのつながりを学んでいるとかならずチベットという文化圏に行きつき、今年は手にするものがなんでもそちらの方向をさしているようなので、ヒマラヤの麓のダラムサラに行くことにした。

ダラムサラはダライラマ法王の亡命政府のあるところ。
この3月10日で法王がヒマラヤを越えてチベット自治区のラサから亡命されて50周年になる。昨年の、中国政府によるチベットの人々への抑圧は記憶に新しい。
たくさんの民間人や僧を投獄し、ダライラマ法王を信奉する人々を中国政府への暴徒とおさえつけ、信仰の自由まで奪い続けているのだ。
たくさんの人々がなくなった昨年の3月のチベット蜂起から一年、今年は喪に服するために毎年3月にあるダライラマ法王のダラムサラでのテーチィングはキャンセルされたそうだ。

チベット自治区のラサは数日前から中国政府が外国人の立ち入りを禁止して完全にコントロールしているようだ。
こんなにして故郷の地を奪われ、いまだに抑圧されているチベットの人々を思想的に守りながらも「中国の人をうらんではいけないね」と法王は話す。政府のやり方には反対だが人々までうらんではいけないと。

自分で触れにいってきます。
ヴェーダに端を発したチベット医学にもとても興味がある。
3月なかばに出発します。みなさんにまたいろんなことがご報告できるのが楽しみです。

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2009年3月 5日 (木)

ミューラシア 春の部スタート

Nec_0125冬眠あけでミューラシア春の部スタート。

2ヶ月ぶりの再会でみんなともお話したいことがいっぱい。
再会がとっても嬉しいので冬眠もいいなと思った。

春の部はいろいろきちんと身体も動かすけれど、マントラの意義などもお伝えして、心身ともにすっきりといい状態にがテーマと考えている。
マントラ(真言)は、気のベールで自分を守り自分のなかの宇宙に入っていくためのものなので、「オーム」でも「なむあみだぶつ」でも「アーメン」でも良くて、人それぞれ自分の信じる言葉でいい。

仏教で「声明」というが、やはり音を発するということには意義がある。
言葉を話す・・・は、言葉を放つ・・がその由来で、それぞれ口から発せられた言葉は力を持つのだ。
サンスクリット語でとなえられるマントラは何千年も昔から何万回も多くのひとびとによって放たれた力のある言葉。
ガヤトリーマントラを筆頭に3つのシンプルなマントラみんなにお伝えする。

ガヤトリーは朝に3回唱えると、過去のカルマを浄化すると言われるくらい力のある太陽神ガヤトリーを称えるマントラである。

ミューラシアは場の力もあって、あそこに集まってくれるみんなも独特の個性とすてきな気配がある。
今年の抱負もみんなで話すとなんだかいい方向に向かっていく。

レッスンのあとでは色々お話する時間が足りないので、近々またアバロンミーティングやります。

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2009年3月 4日 (水)

ひなまつり

Nec_0859 Nec_0860 インドに持っていくアロマの消毒薬をマツウラさんが作ってくださった。

それを頂くのにせっかくだからと、甲子園口の素敵なカフェのリトモさんに行く。ヨガのあとモンベルのみっちゃんも一緒に女子三人のご飯会。

リトモさんは商店街のなかにあるんだけれど、中に入るとちょっとタイムスリップしたような古くて懐かしいつくりの空間である。お二階の感じのいい個室に案内してもらって早速ワインを。

スパイシーなピノノワールを頼むがさくっとおいしくいただいてしまい、ほどなく二本目にカベルネをお願いする。

お料理(おいしく食べて写真なし)もセンスのよい食材の組み合わせで、どれもとてもシンプル。少人数できりもりしているカフェなのに、こんなにいろいろなお食事を作れるなんて本当にすばらしい。

お話はとびにとんで、カナダのトーテムポールの話やインドの話、アラスカの話や今年の抱負などなどああっという間に夜がふけた。

奈良に歩きにいっていたマツウラさんにお水取りの季節の縁起ものの和菓子の糊こぼしをいただく。昨年もいただいて感動したのを思い出した。椿をかたどったとても美しいお菓子で、わたしはこの箱が綺麗で気に入っていたのだ。

春の香りがする。

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2009年3月 3日 (火)

もみのき山荘 Ⅱ

Nec_0834 Nec_0835 Nec_0836 Nec_0838ご飯がおいしいというのは宿の魅力のひとつだ。

おおきな花豆に大根の煮物(薄味でとてもおいしかった)、ワインもサービスでつけてくださって、桜の花の塩漬けが添えられたサーモンのあんかけや、からりと揚がったコトレッタまで。

野沢菜とごはんとお味噌汁が出て、最後にりんごのコンポートも。
あたたかい手作りの晩御飯だった。

そして朝ごはん。野菜のたっぷり入った温かいスープと手作りパン、ルバーブとりんごのジャムと卵料理。
大きな赤いポットにはネパールからの美味しい紅茶がたっぷり入っていた。

またぜひ帰ってきたい宿である。
Nec_0848 Nec_0849 Nec_0850








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2009年3月 2日 (月)

もみの木山荘

Nec_0821 Nec_0822 Nec_0839 Nec_0840 Nec_0844 Nec_0843 Nec_0847 Nec_0829 Nec_0832 Nec_0842 Nec_0846 Nec_0845 Nec_0826 Nec_0831 Nec_082710年以上前に戸隠に滑りにきていたとき見つけた不思議なネパール料理のレストラン「ヒマラヤの詩」。

まだあるのかなと探しているときに見つけたのが今回お世話になったもみのき山荘だ。

実は「ヒマラヤの詩」はもみのき山荘のご主人のご兄弟が経営しているそう。

なんだかご縁を感じたので当日無理にお願いしてお部屋に泊まらせていただいた。

宿の扉を開けると真ん中に薪ストーブと囲炉裏の広々したスペースが。
あちこちにたくさんの山岳書が並ぶ。
ネパールやインド、チベットに何度も山行されているおとうさんの趣味で、ネパールの曼荼羅や小物がたくさん並ぶネパールルームもある。
シンプルなつくりの和室からは雪の森と戸隠の山が見渡せる。

そしてとにかく宿の方々がみんな感じがいいのである。
息子さんもその奥様(京都の方)も、にこにことほんとうに穏やか。
囲炉裏のまわりにはつねに温かいお茶が用意されていて、つかずはなれずのほどよい気配りなのである。
掘りごたつの一枚板のカウンターのある小さなバーもあって、お酒もいただける。
本当に山のなかに出てきたあたたかい小屋のよう。

お料理はまた特筆するべき項目なので別記するが、宿のなかは薪や炭をもやすいい香りに包まれている。そして一階がそういう火をつかうスペースだからか、二階はとても暖かいのである。
ろうそくの光と薪や囲炉裏の火だけで充分だ。

「春になったら・・・」
かたくりの花や芭蕉がいっぱいだそうだ。
雪もいいけれど、静かな花の季節も本当に美しいですよと奥さんが教えてくれた。
ここに泊まらせてもらってよかった。

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2009年3月 1日 (日)

能登島

Nec_0853 Nec_0854 Nec_0855 Nec_0857 Nec_0858雪質もよくないので滑りはあきらめた。

ミッチャンが以前素焼きをお願いしてある器に文字を入れるために能登半島の能登島の窯によってかえることにした。

日本海沿いの道を北上する。
島と本土をつなぐすっきりとした橋を渡り、しばらく走ると、おだやかな入り江に落ち着いた素敵な案山子釜さんがでてきた。
梁の太い白壁のうつくしい建築の窯の裏手にまわると、そこから海におりられるようになっている。
内海なので日本海といえども波がほとんどなく水も美しい。

案山子窯のおかあさんが、「夏場はこの裏から海に出てカヤックで散歩するのよ」ととても魅力的なお話をしてくれた。
地形も面白く入り江も入り組んだ感じだから、ぜひ夏になったらここにカヤックを持ってこようと思う。

雪遊びの帰りの思わぬ寄り道だった。

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