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2008年9月 8日 (月)

弓をいるということ

Photo 数年前から思い立ち弓をなさっている方と、レッスンのあとしばしお話する。

「ヨガの呼吸と弓の呼吸は身体のなかの気を意識するという意味ではとても似ていますね」とのこと。手の指先から足の先まで呼吸とともにゆっくり気をいきわたらせ、それが満ちたら、笹の葉から降り積もった雪が落ちるように弓をはなつそうだ。

的はねらわない。さまざまな感情、的をねらうという気持ちからも手をはなし、機が満ちたら放つ。

呼吸が身体の機能や感情などさまざまなものをコントロールする重要なキーだというのは今までの暮らしのなかでも感じてきていた。呼吸が整えば身体が整い、そのあとゆっくり心が澄んでくる。

日常生活でざわついたときは深呼吸をして大きく身体のなかの気を入れ替えることにしているのだが、先日とあるいやいや参加した行事でわたしがあまりにもシューシューと音を出していたのか、周りの友人が「大丈夫?」ときいた。すごい音でてたのかな。

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