« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008年5月31日 (土)

明日、朝ヨーガやります

Img_0853 お天気がよさそうなので、実験的こころみとして早朝に外でヨーガやります。

場所:地下鉄大阪港駅下車 1番出口を出て西へ10分弱 大阪港中央突堤

時間:6月1日 日曜日 朝6時半から8時

参加費はドネーション(寄付)ですのでお任せします。一部を中国の地震地区へテントを送る団体に寄付しようと思っています。

もってくるものはヨガマットかバスタオル。(下にひくもの)

ヨーガのあとにハaハaハaさんのご好意で、定休日ですがお店で軽い朝ごはんをいただけます。朝ごはんは実費をみんなで割ります。ヨーガのあとは着替えることが出来ます。朝はやいですがよい季節のよい時間に動くだけでおひさまのエネルギーをいっぱいもらえます。日ごろ運動不足の方も一緒に動きましょう。

ここ数日に直接私が出欠確認していない方は、朝ご飯の都合があるので下記のアドレスに一度参加の旨メールをください。mari.henmi@gmail.com

海からの風があるので涼しすぎない格好で参加してください。ではみなさん明日の早朝に!

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月30日 (金)

ゆうびんやさんはどこに

Nec_0029 いつも本を読んであげる子がガラリと扉を開けて(まだ手動ドアなので時々お客さんが立ったままドアが開くのをまっている)走りこんできた。

「このゆうびんやさん、どこにいんの?」

うわー、私も読んだことなかったけどシュールな感じのゆうびんやさん。この感情があるようなないようなスケルトンヘッドがまたいい感じで。まあたまにこんな人いるけれども。

「うちにくる人はこんなんじゃなかった。」という。「このひと、きてほしい。」

「そうやな、ゆうびんやさんも時々かわるからね。気をつけてみていたらこの人のときがあるかもよ。」というと、「そうするわ!」と走って帰った。

彼は今日もゆうびんを楽しみに待っているにちがいない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月29日 (木)

痩せなさいという言葉

Photo 膝や腰が痛いといって医者に通っていたマダムが「腹が立つのよ、太りすぎですしか言わなくて。痩せなさい!って毎回毎回言われるだけで嫌になった。」と言う。

お医者様の「痩せなさい」という言葉は確かに正しい。体重を落とすと膝や腰へのダメージもかなり少なくなることは確かである。体脂肪計にのらされ、「見なさいこれを」と数値をしめされるそうだ。あれを食べるなこれを食べるなばっかりで嫌になったと。そういうやり方もあるだろうけど、北風と太陽のようにほかの言い方もあると思うのだ。

実際マダムはヨーガに参加するのは楽しいらしく、毎週いつも早く来て一番前の席で受ける。そしてだんだん柔軟になっていく身体が面白いらしい。(確かに3年前に比べたらずいぶんしなやかになった) 「体重が支えられないから痩せろって言われるなら、食べるぶんは足腰まわりに筋肉をつけて強化したら?代謝もあがるしね。」というとなんだか納得したらしく、エレベーターを使わなくなった。スタジオまで階段を登ってくる。電車でも座らないのよ、買い物も出来るだけ歩いていくのよと話してくれた。

スタジオへはエレベーターでやってきて、大量の筋肉強化サプリメントをとりながら、マシーンで汗をかいてトレーニングしている人々が私にはとてもいびつに見える。こんないい季節は外を歩けばエネルギーがいっぱいもらえるのに。

ヨーガレッスンの90分ただただポーズをとることだけがヨーガではない。毎日の生活のなかで空気のいいところ(って自分で感じるかどうかも大事)でゆっくり呼吸したり、ここちよく間接や筋肉を伸ばしたり、静かに身体も心も休めたりがとても大切だ。

柔軟性はどんなに年をとってからでも、意識して身体を伸ばしはじめた日から向上していくのだ。身体が硬くなると心も硬くなるからぜひのびのびと動いてほしいなあ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

片鼻調気法

Photo 初夏から梅雨にかけての時期は、消化器系と呼吸器系が活性化してきます。身体のなかから湧いてくるエネルギーを閉じ込めず、うまく外に出しながら大地からのエネルギーももらって、通りのいい身体に調整していきましょう。

片鼻調気は交感神経と副交感神経のバランスを調整するのに効果があります。鼻腔のなかの汚れをきれいにしてから、空気のよいところで行います。吸う息も吐く息も音が聞こえないほど静かに、そして一定のリズムを心がけます。

① 快適な座位ですわります。

② 右手の人差し指で右の鼻腔を閉じて、左の鼻腔から静かに身体のなかの空気をすべて吐き出します。その後ゆっくり吸い込んでしばらく左の鼻腔だけで呼吸を繰り返します。

③ 呼吸が落ち着いてきたら、吸気と呼気の間に無理ない範囲で息をとどめてみます。(クンバカ) 肺をすみずみまで使うつもりで穏やかに呼吸します。

④ 左の鼻がクリアになったら、左の鼻腔を閉じて右の鼻腔で同様に行います。

アサナ(ポーズ)をするような場所はいりません。自分が気に入った場所ならどこででも出来るヨーガです。ヨーガは呼吸から。呼吸が変われば身体が変わり、身体が変われば心も変わります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月27日 (火)

ニュージーランド

2001_1229_101126aa クライミングもテレマークもサーフィンも一緒に遊ぶ友人がニュージーランドにいくというので、計画ミーティングをする。彼女は今回は一人で10日間の旅だが、日本では真夏のお盆にニュージーランドでテレマークスキーを楽しもうという計画だ。

ニュージーランドはバックカントリーパラダイスで、とくに私が住んでいたクイーンズタウン界隈はヘリスキーを催行している会社だけでも4、5社ある。値段は高いんだけど、私が働いていたWilderness Heli Ski ではグラシア(氷河)スキーツアーが一押しだ。クイーンズタウンから4000メートル峰のマウントクックまでセスナで飛び、そこからヘリに乗り換えて氷河に降りる。ガイドがクレバスなどの危険がないか確認しながらルートをとって、氷河をゆっくり滑りおりるというダイナミックなツアー。

せっかく行くんだから!と友人はグラシアに申し込むことにしたようだ。そうそう、日本で経験できないことをどんどんやってきてほしい。でも、びっくりしたのが値段の上がり方だ。私がニュージーランドにいたのはもう10年以上前だから仕方ないかもしれないけど、宿泊施設もこういうツアー価格もほとんど倍にちかい値上がりにびっくり。まあでもなあ10年ってもう一昔前だしなあ。

私はあれこれ調べて旅を計画する準備段階がものすごく楽しい!人の旅でも楽しい。まあほとんど趣味のようなもので、机上旅行を楽しんでから本番旅行となる。お金がたまったらすぐ旅に使ってしまうので、いつも貯金はない。会社に勤めていたとき、同僚はブランドもののお洋服やカバンで身をかため、いつもTシャツとジーンズのわたしに「そんな旅行なんてあとに残らないものにお金使うなんて」と言っていた。いやいや、目にはみえないけどあとに残るよ。

みっちゃん よい旅を!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

よってたかって

今日の西武戦はなんとも見ごたえのあるいい試合!

西武のピッチャーもがんばっていたが、なんといっても今年は虎の先発がいい。去年とぜんぜん違う。去年は先発不足に泣いたけど、今年は先発も中継ぎもすばらしい。

もちろん勝ってこそというところはあるけど、やはりなぜわざわざ野球場に見に行くかといえば、プロのこれはというプレイが見たいからだ。巨人みたいに一発屋ばかりうてばホームランで点数をとるのは面白くない。いかにみんなでよってたかって繋いで点をとるか。

巨人みたいに「自分が」「自分が」ばかりの寄せ集め球団には今年の虎のようなプレイは無理だ。

どの選手もそれぞれ応援しているけど、いつもギリギリの場所で出てきて、おさえる渡辺亮投手を応援している。きちんと向き合う心が強い。なんでもそうだけど、技術を生かすには何倍もの心の強さが必要ではないか。今年は見ごたえのある試合が続いて実に面白い。

今晩はやはり両リーグのトップ同士の試合という粘り強い試合で最高だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

呼吸法(部分調気)

Photo 心と身体のバランスがくずれやすいこの時期は、心身をリラックスさせながらそれぞれの呼吸器の筋肉をのびのびと広げ、動きをよくする呼吸を毎日心がけていきます。

調気(呼吸)を整えていく上で姿勢がキーになります。脊椎は見えない糸で吊り下げられたように楽にまっすぐ。無理な力がはいらないように。

正座でもあぐらでも自分の座りやすい座位で行います。あぐらで腰が窮屈に感じる人は尾てい骨の下に布をひいて底上げします。

①腹部での呼吸 

片手を穏やかにへその下の腹部において、腹部をふくらませるようにゆっくり空気をいれ、軽く手で押しながら一定の速さでゆっくり息をはいてゆく。これを数呼吸続ける。

②胸部での呼吸

次は、両肩も腹部も動かさず、胸部をふくらませて胸郭だけで呼吸する。なれないうちは胸に手をあてて気を誘導する。一定の速さで胸郭を味わいながら数呼吸続ける。

③両肩を使って呼吸する

腹部も胸部も動かさず、すうときに両肩を持ち上げ、息をはくとき両肩を下げる。一定の速さで肩甲骨をあじわいながら数呼吸続ける。

最後に腹、胸、肩、眉間とゆっくり息をいれて、吐ききる。

部分をすこしづつ広げて、のびのびと気の通りやすい身体にします。四季を通じてどんなときも身体を整える呼吸法です。ご自分の身体で試してみましょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月24日 (土)

水はだいじ

Nec_0010 信州の小川山にクライミングに行くときにいつも寄るところがある。

小淵沢インターを降りて5分くらい走ったところにある大滝神社である。とうとうと湧き出る豊富な水は甘いような土と緑の香りがする。フィールドをまわるときいつも大きなポリタンクを車に積んでいく。そして現地の湧き水を汲んで帰るのが趣味だ。(現地の酒蔵に行くのも趣味だ)

日本の湧き水もあちこちで飲んできたが、この小淵沢の大滝神社は格別である。湧き水のまわりの原生のわさびや水を好む植物が驚くほど生き生きとしている。まさに命の水だ。

初めて大滝神社にいったとき、道がよくわからなくて歩いているおじいさんに尋ねた。おじいさんは私たちにどこからきたのと聞いて、遠くからきたことがわかると一緒にあるいて神社までつれて行ってくれた。そして、「ここの水は格別だと思うよ。実は自分の家内が数年前に大病をしてね、それであと数ヶ月の寿命だといわれて。でもそれならこの水と空気のいいところが少しでも家内の命を満たしてくれたらと思って、東京の家を売り払ってここに越してきたんだよ。水は毎日の生活に欠かせないし、細胞にも入り込みとても大事なものでしょう。なんだか相性もよかったのか、あと数ヶ月っていわれてから家内はまだまだ元気で生きているんだよ。」と、水の流れのように静かに語ってくれた。ここの水を好んで、越して来る人はたくさんいるそうだ。

水はだいじ。体の組成のおおもとである。こんな命がいっぱい入った水はなかなかこの辺では飲めないけど、日本は水の豊かなすばらしい国だから、毎回いい川を探すのが楽しみだ。みんなもいい水飲んでますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月23日 (金)

ヨーガ勉強会という名の

210 勉強会という名のもとに、若手ホープチームがうちに集合した。いつもクライマーがばかりでむさくるしい家なので女性がこんなにやってくることがまずない。女の子ってはなやかだ。

そして話は飛ぶ飛ぶ、当初は簡単なレッスンの組み立てをみんなでやろうかと思っていたが、インド話に始まってこれまたヨーガの話、宗教の話、趣味の話と心の赴くまま、話が流れるままにアアッというまに数時間たっていた。

前に進んでみようと顔をあげてキョロキョロしている若い新芽はかわいいし、力がいっぱい満ちている。いろいろぶちあたる壁もでてくるかもしれないけど、ポキっとおれずにしなやかに受け止めてかわしながら伸びていってくれるといい。柔よく剛を制す。かたくならずに自分の感性でやわらかく。

午前中のレッスンでは一番前のマダムは「春はいつもうつうつとして不眠症で眠れない」と。そういえば欝の症状がでているひとが5月は多いなあと思いつつ、ゆっくり調気する。レッスンの半分のあたりで仰向けになったとたん、マダムが「ガオーガオー」と大いびきをかいて眠り始めた。結構わたしが大声でしゃべっても「ガオー」は続いて気持ちよさそうだった。よかったですねえ、夜眠りにくいなら昼ねちゃえばいいんですよ。

サヴァアサナのときのアルファー波の出方はすごい。グッと深い緩みがくるので夜の浅い状態の睡眠の2時間ぶんを、5分間で超える。質のよいリラクゼーションは短時間でもものすごく気持ちがいいものだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

ナーディ ショーダン

Nec_0028 今日のミューラシアは先週とはうってかわって人数が多い。心と身体のバランスがくずれて、うつ病などのでやすいこの季節は自律神経を整えることにフォーカスする。

片鼻ずつ丁寧に呼吸し、鼻腔を交互に使うナーディ・ショーダンを行う。右脳・左脳をどちらもバランスよく刺激する。吸気・止息・呼気のバランスは1:2:2。 4で吸う、8とめる、8ではく。 慣れてきたら4で吸う、16とめる、8ではく。 

ヨーガを続けている人たちの呼吸が当初に比べて本当にふかぶかと長くなり、最近とくに肩の力が抜けて穏やかでいい感じである。ピリピリ感がなく静か。頭でとにかく理解しようとする人からはピリピリ感がこっちにまで伝わってくる。リリースできていない。なにかを持って帰ろうという意識に縛られているからだ。

しんどそうやなあと思う。ヨーガもなんでもそうだけど、誰にでもいい!というものはないんだな。出会いのタイミングもあるし、とくにヨーガについては、その人が本当に求めたときにしかその人の人生に入ってこないんだとつくづく思う。不思議なもんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月21日 (水)

伝わっていくもの

118 059 119 インドでたくさんの神々の像を目にしたが、日本にもそっくりの神々が祀らるれていることがわかった。店の軒先には日本で言うところの七福神さん。芸事の神様弁天様(サラスヴァティー)などなど。インド発の神様はシルクロードを渡り、もっとも東の国日本にたどり着かれたわけだ。

絶対神をまつる宗教違って、ヒンドゥ教は多神教。もちろんすべての創造主ブラフマーへの帰依は前提としてあるものの、もんなそれぞれ自分が好きな(帰依する)神様をいだいている。なんだかそれぞれがファンクラブみたいでとてもいい。私はシバ神、私はガネーシャ様、私はラクシュミー様(吉祥天)、私はヴィシュヌ様みたいに。自分の敬愛する神様のブロマイドを集めたり、小さな置物を集めたり。毎朝お祈りを欠かさない。

カラフルで感情豊かなヒンドゥの神々。ヒンドゥの神話を読んでいると日本の神様とあまりにも違う人間っぽい感情が豊かなことに驚く。神々と阿修羅の血みどろの戦いや、天女が神々を誘惑して神通力をなくさせたり、またその神通力を回復するためにヒマラヤで苦行を何百年も続けて(なんだかこれがヨーガの苦行による解脱の最初のようだ)超常能力を身に着けたり。それでまた敵の神を滅ぼしにいったりと、まさに混沌、カルマである。

ヒンドゥ世界にそだちそこに身をおいていたシッダルタ王子(お釈迦様)が悟りを得てブッダ(悟りをえた人)となり、仏教をといてシルクロードを経て日本にも伝わった。日本の観音様や菩薩様のあの美しさはどうだろう。余分なものの一切ない、でも一切を含むようなおだやかさと静謐さ。日本の静謐なお寺や神社を見慣れていた私にはインドの寺はもう度肝をぬかれる強烈な濃い濃い力の渦巻く場所だった。人々が魅了され祈り、いろんなものが渦巻くのが見えた。

インドに行ってあらためて自分はブッディストなんだなとおもった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

呼吸とこころ

Img_2220 呼吸が浅くてはやいときはこころもザワザワして落ち着かない。

呼吸が深くてゆっくりしているときはこころも静かで澄んでいる。

ヨーガの(ヴェーダンタの)考え方で、面白い言い回しがある。「湖にさざなみがたっているときは、水の底にある美しい石をみることはできない。さざなみがおさまり、湖面が澄んでいるときにだけ、水の底の美しい石を見ることができる」と。

身体という小さな宇宙にも同じことがいえる。さざなみが鎮まれば普段気づかなかった自分の本質部分をゆっくり観察することができるのではないか。ではどうやってさざなみを鎮めればいいのだろうか。

心臓や胃や腸の動きは本人が眠っていても勝手に動いている。これらの器官を自律神経系が司っているからだ。目でものをみたり、ものを食べたりこれは自分の意思。自分の意思でも制御できるし、眠っているときは自律神経が司る唯一の機能が呼吸である。つまり自律神経系に自力ではたらきかけられる唯一の方法が呼吸だといえる。

呼吸がととのえばまず身体がととのい、こころもゆっくりととのってくる。こころがザワザワする日こそフーっとゆっくり息をして、気持ちのいい場所で体中の空気をいれかえて、縛られた気持ちから手を離すことこそヨーガの真髄ではないかと思うのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

棚とさやえんどう

Nec_0027 Nec_0003_2 本屋で私の棚と自分で決めている一段がある。出版社や著者名別ではなく、とにかく今週私が「これ読んで」メッセージを送る棚である。ポップは書かないが、表紙見せをして並べる。内容はランダムで詩集の横に歴史書だったり毎回ばらばらだ。

そこの棚から本が売れていくとなんだかうれしい。見えないメッセージを知らない相手が受け取ってくれたみたいで。

ある日夕刊をいつも店に配達してくれるおじさんが「ここは面白い本がいろいろ並んでるねえ」と手にとって、一冊買ってくれたことがある。それからなんとなく仲良くなった。

昨日夕刊の時間ではないが、おじさんが大きな袋をかかえてお店に入ってきた。見ると両手に袋にはいったさやえんどうをどっさり下げている。自分の畑で今とったところだからと。摘みたてのさやえんどうは緑のいい香りがして生き生きと命がいっぱいだ。ありがとうございます。大地から近い食べ物は身体のなかのエネルギーを満たしてくれる。畑や海から直接いただけるのは最高の幸せだけど、なかなかチャンスに恵まれないので、出来るだけその日に食べるものはその日に買うことを心がけている。

ある人に「私のヨーガの師匠は完全菜食です」といわれたことがある。私は今のところ野菜も好むし、食べたければ魚も食べる、お酒ものむ。酔いたいからではなく、料理と酒が影響しあってお互いの旨みを何倍にもひきたてあうことは素晴らしく毎回感動するからだ。自分がこれはいいなと思う食べ物をいただくことは身体にも心にもいいと私は考えている。人それぞれ。ヨーガをやっているものは菜食でなければとか、これは身体にいいからこうやって食べなきゃとかそういう考えにとらわれることこそ不健康だと思う。食べ物も読む本も自分がとりいれるものは自分で選ぶのだ。自分で選んでとりいれたものが、その人をつくるのではないのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月18日 (日)

魚跳峡

Nec_0009 Nec_0013朝5時半に家を出発して、三重県の魚跳峡へ。ここは5~6年前に一度登りにきたきりだ。自宅から3時間半くらいで水の美しい渓谷に到着した。

台風の水害でかなり岩の状況も変わっていた。川原を歩いて登りたい岩を探す。とりあえずすっきりと美しい細いクラックにトライするが、久しぶりのクラックなので指が痛い。指をきめようとする場所から、トビケラがビヨーンと出てきたりする。なんとか登り、川をザブザブ渡って対岸のワイドクラックへ。これはクラックの幅が私のとても苦手なフィスト(拳)から少し広めのワイドクラック。難しい。どうしても進めずあきらめる。

その後いくつか岩をさわって遊んでいたら、大台山系から涼しい湿った風がふいてきて、お天気が変わり始めた。パラパラ程度なので雨宿りをしてゆっくりお茶をのんだ。今日はほかにボルダラーを見かけない。この広い川原に私たちだけとは、ぜいたくだなあと川面を跳ねる魚をみていてぼんやり思う。

岩が乾くまでちかくの水溜りをのぞいて生き物の観察をした。P5180826 ザザムシやおなかが綺麗な色の山椒魚の子供、気持ち悪くなるくらいのおたまじゃくしも。おたまがいるからもちろんマムシも近くにいて。でも別にこっちがいやなことしなければ寄ってこない。シバ神も首に蛇をまいているしなあ。Nec_0026

P5180836 雨がやんだのできれいなカンテラインを登る。

岩を登るときも、カヤックで川を漕ぐときも思うことがある。自分が惹かれるラインというもの。難易度うんぬんではなくて「ああここはキレイだから登りたい」という響きがあるかどうか。川で急流をいくときも瞬時の判断がいるけど、川のみちというか、ここをいけばいいというみちが見えるときがある。こういう感覚は自分のクライミングやカヤックのスタイルになってくると思う。

美しい魚跳峡にあいさつをして運転して帰る。帰りに道の駅によったら偶然、モンベルとパタゴニアで店長をされていたIさんがお店にいらしてびっくり。この魚跳が気に入って、キャンプ場の管理人になり家族ごとこちらに移り住んだそうだ。時々道の駅の店番もやるよと。生き生きと楽しそうだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月17日 (土)

中国の地震のこと

日に日に死者と行方不明者が増えていく。阪神大震災のときのようだ。中国なんて戸籍のない人もいっぱいいるし、実際の被災者はもっと増えるのだろう。こういう言い方は誤解を招くかもしれないけど、なくなった方はもう仕方ない、生きている方をなんとかしないと。

私は阪神大震災のとき西宮の自宅にいた。ベッドから身体がはずみあがるような突き上げとともに布団の上になにか重たいものがどすんどすんと落ちてきた。揺れは長く感じたがほんとうはどれぐらいだったんだろうか。重い布団をなんとか持ち上げたら、土壁が私の上に倒れてきていた。まだまだ揺れる余震のなか、家族に声をかけあってみんな(犬も)無事で怪我がないことを知る。うちのまわりは一晩のうちにすっかり変わって二階が落ちている家もあった。近所中で声を出してつぶれている家の人を確認したり瓦礫をよけたり。

震災のことは書き出したらきりがないが、感じたのは温度差。

うちは全壊したので、ちかくのおじの家に身のまわりのものだけ移して引っ越した。アルバムも本もピアノも持ち出せなかったけど、とりあえず家族が怪我がなく生きていたからなにもなくてもなんとかなると思った。一週間たって、とりあえず大阪の会社に出社して驚いたのは温度差だ。武庫川ひとつへだてた尼崎そして大阪は電気も水もガスも通っていて、ネオンもそのまま。みんな綺麗に化粧して仕事していた。わたしは風呂にももちろん入らずどろどろでとりあえず出社しているのに。

「ボランティア休暇をください」と総務部長のところへ話しにいった。でも「気持ちはわかるけどそういうシステムがないからだめ」と。「水やカセットガスはどんどん届けるからね」と。確かに若手の男の子たちが毎日毎日水や食料も届けてくれた。でもそんなことじゃないんです。人手がいるんです。こんな会社はあかんと思った。

私も大学の先生やたくさんの知り合いがなくなったけど、なくなった方のことは嘆いている暇がなかった。生きているけど、このままでは弱っていく人たちをなんとかしないと。仮設住宅ができるまで、避難所とそこでの生活をなんとかしないとだめだ。テントやタープが出来るだけたくさん必要だ。中国のダメージは阪神大震災の何倍にもいたると思われる。日本のアウトドアメーカーからもぜひテントや今必要なものを協力してほしい。朝ヨガや外ヨガでいただいたドネーションはこちらに送らせてもらいます。とりあえず今私に出来ることで動くつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月16日 (金)

ときはなたれるということ

Img_2213 Img_2279  朝のヨーガが始まる前にお年寄りのマダムがゴソゴソしている。「何をなさっているのですか?」とたずねると、「ブラはずしてる!」と。ヨーガをするときはブラをはずすととても気持ちよく動けるからと。もう一人は「ガードルぬいでくる」ってトイレに走っていかれた。そうですよねえ、ホントよくご存知で。気持ちいいんですよ、なんの拘束具もなく動くことが。身体も心も。

私も動きを拘束するものがきらい。極力腕時計もアクセサリー関係も身につけない。以前南の海で水着を脱いで泳いだらものすごく気持ちよかった。これはやめられない自由感だなと思った。

私はマネできなかったけど、クライマーの友人(男)が西宮市のとある岩遊びエリアで早朝ボルダリングしているとき、身に着けているものをすっかり脱いでチョークバックひとつとクライミングシューズだけで登り「これがほんとのフリークライミングや!」と。局部を岩で摺ってだいぶ痛かったらしいけど、ものすごい自由感だと。いやあ快感でしょう、そりゃあ。

ハワイ島のコミューンでは全裸で暮らしている人がたくさんいたし、気候が許すならほんとうに最高の幸せだよなあと思う。ヨガウェア専門店で高価なウェアを買い、高価なスタジオで高価なマットをしいてヨーガするより、わたしは(公序良俗的に問題がない限り)外でぱんいちでヨーガをすることを好む。いつかみんなでゲリラ的にフリーヨーガを。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月15日 (木)

余分な力

Nec_0148 Nec_0007 九条のディープな町を抜ける途中、倒産して店じまいをしたとある店舗のシャッター一面に店主の紙ブログが。ポスター何枚分にも店主の思う事がつづられていた。写真も貼ってあるし、迫力のある紙ブログ。思わず立ち止まって読む。そそりました。

さて、ミューラシアは今回少人数だったので調気法と目の浄化、バランスと起立筋の調整を時間をかけて行う。身体が硬い柔らかいに関係なく余分な力が入っていないことがヨーガのアサナの基本だ。どんなに美しいポーズが出来ていても筋肉が緊張しきっているのではだめ。ポーズをしていても身体のなかは伸び伸びとリラックスして流れ続けていなければ。身体も心もいろんなものを手放すといいのかもしれない。

うまくやろうとか綺麗なポーズをとってみようとか考えず、自分の気持ちがいいところまで動くことに徹しているお年寄りチームは実に心地よく動いている。それで「なんも上手なポーズ出来なかったけど、気持ちよかったわあ」と言って帰っていく。人と比べない。自分の満足ずるところを知るだよなあ。私もまだまだ出来ていないが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月14日 (水)

港のイベントふたつ

341 267 夏至のキャンドルナイト

大阪港駅から歩いて少しのところでカフェをやっている友人から面白そうなイベントおしらせをもらった。6月21日の夏至の夜にキャンドルナイトをやるらしい。一年で一番昼間の長い日に、自主的に電気を消してろうそくで過ごそうというものだ。家の電気を消して、ビンを持って「築港赤レンガ倉庫横の駐車場」に集合するだけだ。

このキャンドルナイトに向けて、築港エリアのいろんな場所で6月1日から20日まで築光キャンドルウィークイベントが催される。「テルミンキャンドルライブ」や「キャンドルバス(築港温泉ろうそくの光だけで営業)」などなど好奇心をそそるものがいっぱい。友人のお店ハaハaハaさんでは2日から7日まで18時から21時までのキャンドルだけでの「くいだおれははは」イベントの予定。おうちにキャンドルを立てられるようなガラス瓶があるかたはお店にもっていけば、くじ付きキャンドルがもらえます。

写真は実はキャンドルナイトのものではなくて、Aratiというヒンドゥの宗教儀式。ガンジス川に毎晩火をながす聖なる儀式である。ろうそくじゃないんだけど、火つながりで・・・。

早朝ヨーガ

これはわたしがやろうと言い出したもの。6月1日日曜日朝6時半から8時くらいまで外でヨーガをやっておひさまのエネルギーをもらいます。大阪港駅から歩いて10分弱、中央突堤の広々したボードウォークでヨーガをします。終わった後、ハaハaハaさんのご好意でお店はお休みの日だけど、朝ごはんとお茶をいただけます。玄米とお野菜たっぷりの朝ごはんは実費精算です。

キャンドルナイトも早朝ヨーガも雨なら中止。またの機会に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月13日 (火)

何事も相性

059 118 人と人はもちろん、まわりを取り囲むすべてのものとの相性はやっぱりある。心地のいい音楽や土地があるように、この人と一緒にいるのは心地いいなあという人がいる。

ヨーガの末端にたずさわっていて思うことがある。先生との相性である。レッスンの内容がよくても心に響かないこともあるし、ただ声をきいていてリラックスすることもあるのだ。

同じようにまぶたを閉じて調気の説明をしていて、みんなを眺めているとよくわかる。私の言葉になんとなく同調してくれて、身体をリリースしてくれる人はゆるみが早く呼吸がとても深い。逆になんとなくブロックのある人は、やはり身体がこわばってあまり呼吸のリズムが感じられない。どちらが悪いのではなく相性なのだ。

以前ある呼吸法のクラスをとったとき、内容は面白いんだけどとにかくその先生の高いキンキン声にぐったりと疲れて消耗してしまったことがあった。(HPとMPがゼロになった)

相性も縁のうち。その人と会うこともその土地に行くこともまあ意味があるんだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月12日 (月)

いちごと2時40分さん

Nec_0001 いちご

毎週本を配達に行く家に、小さな植木鉢に植えられたいちごがあり、それが以前から気になっていた。週に一回いくたびに小さな緑色の実をつけてだんだん大きくなっていくのを見るのが楽しみで。配達先の老夫婦に少し大きくなりましたねとか赤くなってきましたねとか、いつもいちごのことを話していた。ある日よく熟れておいしそうないちごに団子虫が穴をあけて幸せそうに食べているのを発見。こら!って思ったけど、人間だと一口だけどこの子たちには幸せなサイズだと考え直してあきらめていた。

連休で配達を休み二週間ぶりに伺うと、今日はものすごく綺麗な食べごろのいちごが!おばあさんに「いちごが今ほんとうに最高のときです!写真に撮らせてください」というと、「おじいさんとあんたが来たら摘ませてあげようとおいておいたんよ」と庭につれていかれた。そしておばあさんとひとつずつ摘んだ。今の今までお日さまを浴びていたいちごは本当に甘いいい香りで。水にさらして甘いいちごを大事にいただいた。

2時40分さん

毎日2時40分きっかりにくる客がいる。本当に時報のようにやってくる。そして本は買わないけど決まったルートで決まった本を手にとってぐるぐるまわって帰っていく。まず店の外の棚にある週刊誌、それから店のなかに入り鉄道ピクトリアルと鉄道ジャーナルを5分くらい、男子コミックを何冊かパラパラ、女子コミックにうつり絶対「僕は妹に恋をする」をひらく。それから遠慮がちにほんのちょっとしかないエロエロコーナーで遠目に写真をしばらく眺め、最後に「トミカのはしれ鉄道シール図鑑」をひらいてシールをカリカリ。

目があうと急いで本を閉じる。今日はあまりにも長いので本屋のオーナーのお母さんが2時40分さんの肩をトンとたたいたところ、「読んでいません!読んでいません!」といいながら小走りに店を走ってでて行った。30歳くらいでしょうか、2時40分さん。でも間違いなく明日もやってくると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月11日 (日)

駆けまわる

Nec_0144 Nec_0131 土曜日に久しぶりにクライミングジムで遅くまで遊び、ビールもっても手が震てしまうので、手を使わない里山歩きにいくことにした。午前中は少し小雨がぱらついていたけどだんだん晴れてきた。

実家の犬をつれて、能勢の低山を藪をかきわけて入っていく。雑木林のしっとりしたいい山である。うちの柴犬は普段はちかくの公園しか連れていかないけど、初めての山に大喜びで、泥の斜面を駆けあがり走り回る。

人間は目の高さにあるブッシュやくもの巣をかきわけながらだから大変で、四足には追いつけない。猪が砂あびしたあとや、森を吹き抜ける風や木の葉に何でも反応して楽しそうである。頂上で犬にはおやつを私たちはお茶を沸かしてお昼ご飯にする。ふと見ると日なたでうとうと眠っている。子犬だからなあ・・・オンかオフしかない。

くだりは登りよりも早いスピードで駆け下りた。ご機嫌のようだがよく見るとヤマダニがあちこちからこんにちわと顔を出している。最初は一匹ずつ取っていたが、結局家に連れて帰り人間ともどもお風呂に入った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月10日 (土)

不思議な縁

Img_3233 Img_3304  家に唯一ある電子器具のCDプレイヤーで、お母さんコレクションのCDを聴いていると(数枚しかないが)、あれっと思うものがあった。わたしが昔から大切にしていた、地球の上にいきるという本を書いたアリシア・ベイ・ローレルがジャケットを描いているCDがある。よく見ると歌もアリシアが歌っている。素朴なやさしい歌に空気が和むような感じがした。

お母さんに「私、この人の本すきなんよ。この人歌もうたうって知らなかったな。」っていうと、お母さんがものすごい笑顔になって「こっちに来て来て!」と彼女の部屋に手を引っ張られて入る。あれ?アリシアの描いた絵がいっぱい!部屋中に!

「私と彼女は本土で一緒に住んでいたの。今も彼女は本土とハワイ島を行き来しているけどここにも来るのよ」と。えーびっくり。でもそういえばアリシアも徹底してヒッピー生活を続けてコミューンを作った人だしなあ。まああり得るよなあ。でもこんなとこでつながっているとは。そして「アリシアはもうすぐ日本に行くって言っていたからチャンスがあったら会えるかもよ」と。

不思議な縁の余韻はまだ続いていて、ハワイ島から日本に帰りロミロミの先生のMさんに島の報告をしていると、「プレゼントがあるの」といって渡してもらったのが島で毎日聞いていたアリシアのCDだった。「あるお店に入ったらこのCDがかかっていて、なんだか涙がでてきて」購入してくれたのだそう。えーびっくり。なんかアリシアが呼んでくれているんかな。

そしてしばらくしてMさんが「アリシアが大阪で小さなライブイベントやりますよ」と。それではぜひとライブに行ったら、思ったより小柄なアリシアに会えた。

こんなことがあったんだよ、とハワイ島からの由来をアリシアに話すと「うわあ面白い!でもハワイってそんなことが起こるところなのよ」だって。小柄な彼女の体から力強くてやさしい歌が流れ出し、あっという間にライブは終わった。そこで伴奏のシタールというインドの楽器に始めて出会う。魂がもっていかれそうな音だった。そしてわたしの魂はこんどはインドに引っ張っていかれた。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

不思議な家

Img_3197_2 Img_3204 昨年ハワイ島に渡ったときのこと。一週間ヴァケーションハウスを借りることにした。ネットで調べていろいろ迷ったが、お天気がつねによいコースト添いではなく、毎日雨が降るプナという森のなかの家を選んだ。家の中は仕切ってあって、大家のおかあさんも二匹の犬とそこに住んでいる。

「はじめましてー」と訪れると二匹の犬と、ヒッピー上がりのアメリカ本土から移住したお母さん、チベットのタンカやシバ神の置物、ヒーリングストーンなど面白いものに迎えられる。テレビがないのはいいんだけど、びっくりすることに窓ガラスなし。全部細かい網が張ってあるのだ。「森のエネルギーがいっぱいもらえるわよ」とお母さん。

まあ屋根つきキャンプみたいなもんか。バシャバシャ降るスコールのような雨で部屋のなかにも霧がたちこめている。洗濯物乾きません。まあ気温は高いからけっこう濡れたまま着て着干しして乾かしていた。でも夜は蛙やトッケーの大合唱で、ものすごい夜の森の気配。音の洪水で眠れないかと思っていたが、森の気配のなかで熟睡の日々だった。

シャワーはないんだけど、家の中に風呂桶というかジャグジーのようなものがある。「ジャグジーでのんびりしながら森が眺められるわよ」とお母さん。たしかに至福のときでした。家の中の湿度は500%を超えていたと思うけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 9日 (金)

遺産

Nec_0128 Nec_0129_2 学生時代の山岳部の顧問の先生に100冊を越す蔵書をいただいた。昭和40年代の岩と雪に始まって、何度もページを繰ってセピア色になったたくさんの山岳本。そして先生がともにあるいてきたウッドデッキの長いピッケルも。

世界の山々を歩いてこられた先生はここ近年名峰ではなく、低山の里山を愛して、低山趣味という本を自分で出版され歩き回っている。

どうしてこんな貴重な蔵書と生死をともにしたピッケルを・・・自分が歩いて来た歴史そのものなのにと先生に尋ねると、自分の家の本棚にあるより、山を歩くひとたちの目に触れるところにあるほうが価値があるから。先生はこの3月で長い教師生活を退職して、やっとゆっくり里山を歩けるようになったからと。

先生ありがとうございます。今はうちの本棚でおさまっているこの遺産は、必ず山を目指すひとたちの目にふれる場所におさめることにします。先生の奥様もおおらかな山の人。以前は険しい日本の沢を笑顔で登ってこられた憧れの人だ。奥様にコクワを漬けこんだコクワ酒をいただく。山でつんできたワラビやぜんまいもいただく。私は歩いていてもなかなか見つけられないのに。

とても大事な遺産を受け継いだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

トラタカ

Nec_0124 Nec_0035 昨日はミューラシアでヨーガ。ここはいつも木のいい香りがする。しっくいの壁と木のおかげで投げた声がやわらかくなってかえってくる。肩の力を抜いてしばらくゆっくり呼吸してから動いて、今日はトラタカをやってみる。

目のまわりのマルマ(ツボ)をよくゆるめてマッサージしてから、遠近の視点の切り替え、そしてろうそくの炎を涙が出るまでまばたきせずに眺めるトラタカ。いつもすぐにまばたきしたくなって涙が出てしまうのだが、昨日は意外な事実を発見。コンタクトレンズをつけている方が「コンタクトしているからか全然まばたきしなくても平気」だそうで。

私は裸眼だからわからなかったけど、そういえばまばたきせずに結構長い時間続いている方が何人かいるなあと思った。トラタカは炎でなくっても自分の好きな対象物を眺めればいいので、明るくないほうが最初は続けやすいかもしれない。目は涙でシパシパするが終わった後あたたかくした両手で覆って暗闇をつくると、なんとも目がリラックスする。

パソコンの画面や小さなゲーム画面などを眺めることの多い現代の人は目がすぐ疲れて、そこからの肩こりをかかえていることが多い。目薬をさしてすぐにまた画面に向かうのではなくて目玉をよく動かして、固まった筋肉をほぐしてあげてほしい。身体も同じ姿勢ばかりとっていると筋肉が疲れて乳酸がたまってくるのと同じように、目も狭い画面ばかり眺めていると疲れてしまう。悪くなってからでは遅いから、予防が一番。目を閉じておひさまのもとでしばらくおひさまを浴びることも、毛細血管の循環をよくする。みんなも日焼けをきにせず時々おひさまを浴びてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

心に響くもの

昨日 本屋にやってきた幼児がふろくつきのキャラクターものの月刊誌を「買って買って」とわあわあ泣いている。お母さんは読み捨ての本ではなくてよい絵本を選びたいと困った顔で「だめ、その本なら買わないよ」というから、幼児はもっとおお泣きする。

それじゃ、いつものやつをやってみるか・・・と、「これ読んだことある?わたし今からこれ読んでみようっと」と本をちらりと見せてからつぶやいて、大きな声で「だるまちゃんは・・・」と読み始める。泣き声はちょっと小さくなってこちらをチラ見してるが、目が合うとまた泣き出すので無視して読み続ける。「雷ちゃんは・・・うわーすごい!」といって、本をパタンと閉じると近寄ってきて本を開こうとする。まだふてぶてしい態度。お母さんにむかって、「見てみてこの雷ちゃんの浮き輪!」とお母さんにだけ本を見せる。体にしがみついて見せろと騒ぐのでお母さんに渡して、一緒に声をあげて絵を見せながら読んでもらう。

児童文庫を自宅で開いてよみきかせをおこなっている方々にたくさん教わった。「ももたろう」でも「いっすんぼうし」でも私はかわいい絵の絵本を仕入れていたが、実は秋野ふくさんなどの日本画家の方が描かれた迫力のある少しこわいような絵のほうが、圧倒的に子供がひきつけられるのだそう。よい絵本が再版をかさねるのは文章にも絵にも理由があるのだ。店頭の本はお客さんが懐かしいからと取り寄せた本や、読み聞かせの先生に進められた本に徐々に差し替えていっている。問屋が送ってくる本がいい本とは限らないのだ。

店で一緒に声を出してお母さんと絵本を読むと、ほとんどの子供はそれを買って喜んでかえるが、次から「今日も読んで!」と一人でやってくるようになる。うんうん、うれしいよ。本は売れないしなかなか帰らないけどね。店頭には読む用と売る用がある。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

インタープリター

Img_2226Img_2209  最近ヨーガの中に身をおいて思うことがある。

知れば知るほどヴェーダンタの智慧は深く、自分がまだまだ入り口にすら立っていないことを思う。インドでじんじん感じたことはヨーガと宗教が切っても切り離せない同じ土壌に根をおろしているということ。当然だけど、その土地になじんでいるのだ。

この奥深い智慧を日本にもってくるとどうなんだろう。ヒンドゥという宗教の考え方抜きでヨーガの理解はありえるのか?季節も土壌も異なる国でも同じように成り立つ智慧もあるし、そうでないところもある。今の日本のヨーガ業界はなんだかどんどん商業主義になって、まんなかが空洞になっている気がする。

ポーズばかりの連続ですっかりフィットネス化してしまったスタジオのヨーガクラスを見ていると、なんだか喉に小石が詰まったみたいな気持ちになる。

私はまだまだ入り口にすら立っていないけど、日本のヨーガ業界もインドのヨーガ業界からも少し離れて、一人で歩くしかないんかなと今は思う。唯一やりたいなあと思うのは山や川や海や大地からもらったいろんなエネルギーを言葉だけではなく私の体を通して、みんなに伝えられたらと思う。

ガイドではなく自然の声をみんなに伝えやすくする通訳者。

涸れることのないエネルギーが惜しげなくどんどん流れているところにみんなを連れて行ったらそれだけで心や身体や魂が回復するんじゃないのかな。

考えれば考えるほどこの小さなキャパの脳みその棚にはおさまりきらないことばかりなので自分もみんなもたくさんお日さまのもとへ連れ出そう。

今日本屋に来た90歳のおじいさんの一言「こんな天気のいい日にお日さん浴びていると、ええことばっかり思い出すわ」だって。かないません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

日本酒な一日

ロミロミの先生で日本酒愛好友達のMさんのお誘いで伏見の酒蔵をめぐる。井戸から湧く仕込み水を飲ませてもらう。日本らしい澄み切った軟水。日本酒をいろいろ試飲させていただく。いやーどれを買うか迷うな。

近くの鶏料理専門店で鶏飯を食べる。ご飯の上に錦糸卵や鶏、生姜、大根、三つ葉などをのせそのうえから鶏スープをかけてお茶漬けのようにして食べる。あまりに美味しいので蔵出しの絞りたて生酒もたのむ。少し発泡が始まっていてもう声をなくすくらい美味しい酒だった。(神聖という素敵な名前だった)

その後河内岩船まで京阪電車で移動して、これも日本酒の蔵元がやっている人数限定の小さな料亭へ。お料理は酒蔵からの酒に合うメニューを月替わりでコースで出してくれるのだ。亭内限定の酒に始まり、わくわくしながら二人でいろいろな酒を少しづつお願いする。酒器もこっていて美しい。お庭をながめながら初夏の夕方を楽しんだ。四季のある国に生まれてよかったな。

季節が変わるたびに訪れたい素敵な別荘のような場所だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月 1日 (木)

ミューラシア

一般的なスタジオレッスンではなく、調気法(呼吸法)やヨーガの智慧などを勉強しながら少し深いヨーガが出来る場所を探していたところ、素敵な場所との出会いがありました。

外は鉄工所ですが、扉をあけたとたん木のいい香りがします。しっくいでできた壁はやわらかく、声がとてもよい響きです。5月からここでディープレッスンをやってみます。

日時 毎週木曜日 18時半から20時

料金 一回 1500円  (体験は初回の方のみ500円)

持ってくるもの ヨガマットかバスタオル

お問い合わせは mari.henmi@gmail.com まで

ミューラシアへの行き方はhttp://www.mmjp.or.jp/mulasia/space/ です。

5月は基礎の呼吸法と目のケアです。

お楽しみに。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »