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2008年3月

2008年3月22日 (土)

じゃあまた

391 空港職員もホーリーでカラフルになっている。X-RAY検査のお兄さんたちが「写真とって!とって!」と。先に荷物検査やってくれよ思いながらも、日本職員にはない陽気さが楽しい。

出国のとき「ハリオーム」と挨拶をしたら、とても嬉しそうに職員のおじさんがまたインドにおいでよと言った。本当に日本のパスポートコントロールほど無愛想なところは世界中でも珍しいな。あんなふうに一日中無愛想にしていることのほうが疲れてしまいそうだ。

今回旅をしたのはほんの限られたエリアだった。でもこの初めての国で気づいたことはいっぱいある。合理的になにもかも環境よく整えてくれる先進国と違って、自力でなんでも判断する必要があるのだ。当たりまえのことなんだけど、忘れかけていること。売られている水のふたが開いていないか確認したり、シャワーがきちんと出るか確認してからお部屋を決めたりおつりをきちんと数えたりね。まあ基本的なことなんだけど。

歴史と自然と色と信仰心がいっぱいでカラフルなオンかオフしかない国。いいかげんで適当だけど陽気で親切、222 グッと胸に響く面白い国である。

日本のクリーンな街のなかでここの雑踏やたくさんの色を懐かしく思い出すんだろうな。110 310 059 227

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2008年3月21日 (金)

再び

373 今日と明日はいよいよホーリーである。アシュラムでチェックアウトしてさようならをいうと、スタッフが「ハッピーホーリー」と色粉を顔に塗りつけて祝ってくれる。色粉をつけたまま再びハリドワル経由でニューデリーへ。

町のあちこちではホーリーを祝うための松明のような薪のようなものが高く積み上げられ、夜には火がつけられるそう。でも観光客の人は外にでちゃだめだよ、無礼講だからねとホテルの人に注意される。案の定ホテルを一歩出たところで、水風船をバシャっとぶつけられる。子供たちがきゃあきゃあと笑って逃げる。私も水鉄砲買っておけばよかった。295 ニューデリーの大気汚染はすごい。土ぼこりや排気ガスの黄色い雲の膜のなかに入っていくようだ。地球温暖化の前にこんなことではインドの人たちの肺がおかしくなってしまうんじゃないのかな。でもこの国からオートリキシャなくしたら交通がマヒしてしまうんだろうな。

長いようで短かった旅も明日で終わる。

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2008年3月20日 (木)

ごま油

311 今日も早起きして朝のクラスに。体と心をすっきりさせてからすきっ腹をかかえてアーユルヴェーダのドクターのところへ。体が冷えやすく疲れやすい体質の私への処方はごま油だった。秋の初めから春の終わりまで、毎朝おきてすぐにお白湯に大匙2杯のごま油を入れて飲むようにと。へーそんなので冷え性とかも直るんかなと思いながらも御礼を言って診療所を出る。

町でであった日本人の女の子とチャイを飲む。彼女はこれでリシュケシュ3週目らしい。「3月の一週目は大変でした」という。国際ヨガウィークというリシュケシュあげてのイベントがあり、泊まるところもないほどの混雑ぶりだったそう。そしてそのヨガウィークでは一週間の参加費用が500ドル、一日なら45ドルで米粒ほどのグルを見ながらなんとなくポーズをするそうである。でも裕福な国からたくさんのヨガ講師が参加していたとのこと。

どこもかしこも商業主義のにおいがする。ここリシュケシュではヨガが金になるのだ。リトリートというヨガ合宿を現地の人ではとうてい払えない高い金額でセッティングし、ディプロマを発行して聖なる名前を授けるのだ。裕福な国から修行にきた人達はいただいたお名前を後生大事にして自国へ帰ってゆく。

4000年も前に確立されたヴェーダンタの思想はすばらしいと思う。こんな考え方を何千年も前に確立していた賢人たちに会えたらなあと思う。余分なものはとりはらって一人で静かに歩いていくしかないのかな。

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2008年3月19日 (水)

早起きは

279 5時起床。6時からあるアシュラムのクラスを受けるために暗い中ゆっくり歩いていく。この夜明け前の東雲時はなんだか空間に静かな力がたくさんある気がする。遠くからきこえる誰かのマントラの声と牛のあるく音、少し朝の霧をふくんだ空気。ヨガホールにはもう30人くらいの人が座って、マントラを唱えている。静かに始まる呼吸法の指導とアサナ、洗練された内容だ。体が固い人もやわらかい人も関係なし。自分のできることを心地よくえんえんと動く。丁寧な指導と気のとおりのよいヨガホールですばらしい朝を満喫した。

朝食をかるく食べてから、アーユルヴェーダの体質診断を脈診と舌診でしてくれるという先生のところへ行く。並んだ挙句、朝ごはんを食べてしまったらきちんと判断できないからまた明日来なさいと。そうなんですね・・・また明日。

294 307 午後からリシュケシュのダウンタウンへ。週末にホーリーという春を迎える祭りを控えているので、あちこちで色粉をたくさん売っている。この色粉のはいった水を風船球や水鉄砲にいれてかけあいっこし、春の到来を祝うのだ。いろいろな店をブラブラしているとヒジュラの姉さんたちが踊っているのを発見!突撃取材して写真も撮らせてもらった。ヒジュラは日本でいうところのおかまの姉さんたちだが、インドでは第三の性といわれており、豊穣をさずける巫女さんの役目を果たしている。子授けや商売繁盛を祈祷するので、姉さんたちが店の前で踊りだしたら商店主はお布施を渡さなければならない。でものろわれると男性はち○こがたたなくなるらしく、ビクビクなんだと商店主のおっちゃんが教えてくれた。

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2008年3月18日 (火)

余分なもの

267 アシュラムの近くの布やさんの前で来る日も来る日も暑い中、足踏みミシンを踏んで洋服を縫っているおっちゃんの店でパンツを作ってもらうことにした。布と形を選び、おっちゃんがジャキジャキ布を裁断して縫っていくのを見ていた。

いろいろなヨガレッスンを売りにしているスタジオに行ってみるが、おおはずれ。これまた中国雑技団並みにフレキシブルなインド人のお姉ちゃんが見事なポーズ連続。呼吸法を教えてというと適当にお茶をにごし、明日また予約したら教えてやるというので途中で帰る。

町で仲良くなった日本人の女の子のお勧めのアシュラムのクラスにドロップインするためゆるゆると川沿いを30分歩く。途中のCD屋さんでシタールのCDをいくら?と尋ねると、このまま買うなら700ルピー(2000円くらいか)、コピーでいいなら50ルピーだと。著作権とかそういうの関係ないんよね。どの店でもコピー売ってるもんね。結局何枚かコピーを頼んでヨガレッスンへ。

アシュラムの女性の先生はとてもすっきりした余分なものの一切ない尼僧の先生。呼吸法に始まりベーシックで穏やかな、静謐な指導。アサナと瞑想。停電で汗がどんどん流れたけれど、川からの涼しい風の通るすばらしいところだった。

日本もインドも本物はほんとうにひとにぎりなんだな。

玄米と蒸し野菜のおいしいプレートを食べてお腹が元気になった。心も元気になった。

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2008年3月17日 (月)

トイレ事件

353 朝2時半ごろ。山での香辛料たっぷりカレー生活ですこし調子を崩してトイレに滞在し、さて出ようとすると鍵が開かない。クイのような金属の棒を差し込むタイプだが、まるで動かない。30分ほど悪戦苦闘するがビクともしない。やれやれ、でもトイレに入れないより出れないほうがましかなあなどと考えつつガタガタやっていると同室の方がおきてきてくれて「どうしたの?」と。

事情を説明するが外からはどうしようもない。自力でなんとかしなければ、絶対あかないのだ。お願いしてザックからスイスアーミーナイフを出してもらい、扉の上部鉄のメッシュの部分をガリガリ切って渡してもらう。ペンキで塗りつけてあるななめに入ったどうしようもないネジを地道にひとつずつ緩める。扉が開いたら4時半だったよ・・・本当に。

でも集中していたからかなんだかお腹の痛さを忘れていた。そのまま起きて自分のアシュラムの朝のヨガクラスへ参加する。体のしなやかな男性の先生だが、呼吸法なし、ただのポーズの連続のつまらないクラスだった。朝は自分で部屋の前のベランダで川を眺めながら瞑想することにする。269 けっこうサルさんが遊びに来るんだけど。

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2008年3月16日 (日)

またここへ

朝起きたら水溜りに氷が張っている。パリパリと踏む感触が懐かしい。今日はもうリシュケシュに戻らなければならない。今度来るときはずっとこの村にいてもいいなあとしみじみ思いながらパッキングして、村の人に挨拶をしてお別れする。ありがとう、また来ます。

車のフロントガラスが凍っていて見えない。寒地の運転になれていないので運転手がすぐにウインドウォッシャー液をかけてしまう。車をとめてクレジットカードでガリガリとフロントガラスを削る。怖いエリアを朝早々に祈りながら無事に通過して、山道をひた走る。

ヒマラヤが見えなくなるときは少し胸が詰まった。またここに帰ってきたい。数時間のうちに季節は真冬から気温30度をこす真夏へと早変わりする。真夏のリシュケシュに戻り、ガンガー沿いのアシュラムに入る。326 200

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2008年3月15日 (土)

山の奥の村

207 雪解け水が屋根からポタポタとおち、よく冷え込んでいる。外に出ると焚き火をしている村の人に「チャイ?チャイ?」といわれたのでうんうんとうなずくと家の中からチャイを持ってきてくれる。焚き火に一緒にあたってチャイを飲む日本人を興味深げに眺めているが、言葉が通じなくて残念だ。でもみんなが親切にしようとしてくれているのはわかる。

村で唯一英語のしゃべれる山岳ガイドに聞いて古いヒンドゥ寺院からハーシルまで山道を歩いてみることにする。荘厳な山々を眺めながらゆっくりと2時間くらいガンガーに沿ってハイクアップした。231 196 こんな貧しい山地209 にへばりつくようにして生きる人たち。でもニューデリーの裕福なデブのおっさんたちよりなんて豊かなエネルギーをもらっているんだろう。空はブルーを通り越して濃紺の宇宙の色。胸をやられそうな蒼さである。

氷河からの溶け出しのつめたい水で顔を洗った。

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2008年3月14日 (金)

ヒマラヤの懐へ

山道を走り、採石場のなか(道なのか?)を抜けてあたりはすっかり真っ暗である。標高は2000メートルを少し超えたあたり、道路わきにはまだまだとけ残った雪がたっぷり。夜目にも神々しい6000メートル峰の懐に入ってゆく。真っ暗な空に青白く静かにそびえる山に胸がしんとなる。168 ハーシルにやっと到着したと思ったら、ここは軍事国境線に近くアーミーベースがあるので、外国人は17時以降は滞在禁止だという。でもこんなすごい山の中でキャンプ装備なしで真冬に外で寝るなんて無理だ。英語が通じないから運転手になんとか屋根を貸してくれる所を探してとお願いする。ハーシルからガンゴトリに向けて少し走ったところにある小さな村の山小屋に泊めてもらうことになった。よかった。村で1件だけの何でもやさんのおじさんがカレーを作っていて、食べさせてもらう。そういえば朝から12時間くらい食べていなかった。カレーとチャイが体中に染み渡った。外はマイナス10度くらいか。ガンゴトリまでいけると思っていなくて夏用のペラペラの寝袋しかもってこなかった。いやー冬山の装備がいるよなあと思いながらも疲れているからバッタリグウグウ眠ってしまった。

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出来るだけ上流へ

156 ガンガーの最上流の村ガンゴトリへの道はまだ雪のためにクローズだったが、旅行代理店に尋ねると直前の村ハーシルまではいけるという。行きかえりに10時間ずつかかるから、最低3日間かかる。でもせっかくここまできたんだからぜひガンガーの上流にヒマラヤの懐にいってみたいので、3日間車と運転手をたのむ。

パッキングをして出発。山の中のチャイ屋さんで朝ごはんを食べ、地震で山ごと地すべりのあったウッタルカシを抜けて、日本では四駆でも走らないようながたごとの山道をがけ下のガンガーを眺めながら軽のアルトで登ってゆく。アルトくんすごいよ!軽自動車4駆でもないのにこんなにタフな走りできるなんて本当に優秀。163

あと2時間くらいでハーシルというときに巨大落石で道がふさがれている。アーミーやつるはしをもった工事夫さんたちがこつこつ巨大な岩をたたいている模様だが誰も交通整理しないし案内しないので、上流からも下流からもガンガン車がやってきて大渋滞だ。結局ダイナマイトで発破して2時間後通れるようになった。だが実はここからがこの街道のもっとも怖いエリアの始まりだった。いつ落石してもおかしくないまだパラパラと小石の降ってくるがけ崩れエリアを祈りながらガタゴト走る。車一台半ほどの細さの道をクラッションをけたたましく鳴らしながら追い抜いて(追い抜かれて)登る。祈るしかない。怖いので目をとじていた。

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2008年3月13日 (木)

巻紙

116_2 ホテルの掃除のおっちゃんが「洗濯物あったら一枚5ルピーで洗うよ」と。それじゃと何枚かお願いしてみる。外出のときふと見るとやっぱりガンガーの水でザブザブバシバシと洗っていた。聖なる河の水で洗っていただいて光栄です。ボタンはとれてましたが。夕方お日様のにおいの洗濯物が返ってきた。

お腹の調子が少しよくなってきたので、ドーサというインドの巻紙みたいな食べ物を食べてみる。小麦粉でできた巻紙のなかに野菜がたっぷりとカッテージチースが入っており、スパイス入りのソースをかけて食べる。やさしくておいしい味だった。野菜はどれも昔の日本の野菜のようにきちんとすっぱかったり甘かったり、本来の味がする。生野菜に手をだせないのがちょっとつらいけど。

町や橋でサドゥとすれ違うたびに私も手を合わせてすれ違うが、いつもなにかムニャムニャ言っているので「何と言っているの?」とたずねた。「ハリオーム」だという。インドのヴィシュヌ神の化身クリシュナをたたえて「ハリ(クリシュナそして真言の)オーム」だそうだ。私もここにいさせていただいている間、ヒンドゥの神様に感謝して「ハリオーム」を唱えることにした。107

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2008年3月11日 (火)

洗礼

066 サトウキビを搾った汁にライムを入れるジュース。気温30度をこす乾いた体にはたまらないが、やはりお腹いたの洗礼をうける。日本の薬はなにをのんでも効かない。どこの国でもその土地の土壌菌ととりあえず仲良くなるまでは時間がかかるが我慢。体の中にインドと仲良くなる抗体が出来るのをまつ。

お腹が痛いので川原でぼんやりしていると、小学生らしき二人がよってきて好奇心いっぱいで話しかける。「学校はさぼりか?」と聞くと「今日は試験だから早帰りで暇なんだ」とのこと。「その時計いいね、ちょうだい(とりあえず言うんだな)」とか「何か日本のものがほしい」という。名前を聞いて、アンケイドくんという名前なのでノートに安敬土と書いて日本語であんたの名前書いてあげたよというと大喜び。

086 宿泊しているホテルの最上階のヨガホールで夕方にレッスンがあるので、お腹の調子を気にしながら参加。マントラに始まりかなり強力なアイアンガーの2時間のレッスンだったが、宿泊者以外もたくさんの人がやってきてホールはいっぱい。人気のあるクラスのようだ。窓を開けきって風が通る。虫と一緒に夕方の気配が入ってくる。気持ちのよい時間だった。まだお腹はしくしくするけれど。

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2008年3月10日 (月)

リシュケシュへ

085 乗り合いのオートリキシャでリシュケシュへ。

途中ハリドワルの町を出たところで別のオートリキシャの乗り換えさせられる。どうやら担当するテリトリーがあるようだ。

一緒に乗り合わせたインドの若い夫妻が、大きなポリタンクを持っている。聖地ハリドワルでガンガーの水を汲んで帰って、プンニャ(徳)の入った聖なる水を親戚に配るのだそう。ココナツの入った甘いお菓子を分けてもらって、土ぼこりに吹かれながらリシュケシュへ。

自分が訪ねようと思っていたアシュラムは今リシュケシュでももっとも勢力をほこるところ。リキシャで町に入るなり、ドドーンと目を見張るばかりの宣伝。ペタペタ張られたグルのポスターに「なんか違うなあ」と頭のなかでエラー音がする。とりあえずそのアシュラムを訪ねるがとても異質なまでの清潔でピースフルな庭と空間。ディズニーランドなみにゴミひとつ落ちていない。(係りの方がさっと拾うのだ) 塀の外の貧困やゴミ、牛や犬や人々の渦と対比的な金のかかった美しい庭園。

黙ってアシュラムを出た。結局アシュラムをいくつかまわったが、どこもいっぱいなので小さなホテルに荷物をおく。本屋めぐりをしてガンガーの川原でぼんやりと風をにあたる。

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2008年3月 9日 (日)

ハリドワル

ManzaDeviTempleというヒンドゥ寺院に行く。

おでこに祝福のビンディをもらうたびにお布施指令が出る。

僧侶が外国人にはこれ見よがしに100ルピー札をひらひらとふるが、5ルピーおく。

自分のおきたいお金をお渡しするのがお布施だもんね。

行きはリキシャにのったけど帰りは裏のマーケットを歩いて帰る。

小さいお店がたくさんあって楽しい。ある店で「俺は日本のコインを集めているからなにかあったらくれないか?そのかわりそれ相応のものを持っていっていいぞ」といわれる。結局日本円で買うっていうだけやんね?って思いながらも面白いので50円玉(穴があいていると人気)をあげて、ガンガーの水のはいったつぼをもらった。019 031 110

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列車でハリドワルへ

016 早朝発のShatabudi Expressでニューデリーからハリドワルに向かう。

ニューデリーはものすごく広い駅でどのプラットフォームに行けばいいのかわからず、

周りの人に尋ねるが全員があっちだこっちだと違う方向をさす。

なんとか列車に乗り込むと朝早い列車だからか、ポット入りの紅茶とクッキーに始まり朝食やペットボトルの水、マンゴージュースなどもサービスされて満足。

チケット料金に含まれているんやね。5時間でヒンドゥの聖地のひとつハリドワルに到着

した。駅近くのホテルに泊まる。275ルピーだから900円弱かな。011 014

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2008年3月 8日 (土)

出発

関空バスに乗るために駅まで歩いていく途中、思い立ってセブンイレブンで携帯用うどんを購入。私のザックを見て店員さんが「山登りですね!お天気よくてよかったですね」と。

「インドにいくんだけど、きっとうどんが恋しくなると思って」というとびっくりされて、

「ご無事で。そして帰ってこられたらまた旅の話をしに寄ってくださいね。」と送り出してもらう。大事だなあこういう一言。帰ってきたら寄ろうって思うもんね。

ちょっとしたことなんだけど。

マレーシア航空は座席のゆったりしたボーイング777で快適。

お隣の女の子はマレーシアンチャイニーズで日本の専門学校にアニメーターになるため

単身留学している。

春休みで1年ぶりに実家に帰るとうれしそう。  20歳だという。

日本に住んで1年ちょっとだけど、ストレスなく日本語を話せる。

頑張ってるよなあ、応援したいなあと思いながら「いつか○○ちゃんのアニメが上映される

のを楽しみにしてるわ」といってクアラルンプールで別れた。

さあ、私は乗り換えてインドへ。002

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